露人班・班長」タグアーカイブ

迎えにきたジープ p.114-115 右側が例のキリコフ大尉なの?

迎えにきたジープ p.114-115 There was a spy system in the camp. He was also convinced that the epidemic of typhus fever must be a Soviet plot.
迎えにきたジープ p.114-115 There was a spy system in the camp. He was also convinced that the epidemic of typhus fever must be a Soviet plot.

そしてもう一台の車。これは必らず何処からか現れてモロトフを尾行する。だが車は自家用や三万台だったり、ハイヤー、タクシーのこともある。運転手だけは変らない。

六本木に向って黒い自動車が疾走してくる。白Yシャツにハンチングの運転手で、客席には

誰もいない。歩いて行く二人のソ連人の手前で、自転車でも避けたのか、グッとカーヴを切ってまた元通りに走り過ぎた。

『成功、成功。これで写真はOKヨ!』

ペタリと後の坐席に伏せていた婦人が、起き上りながら運転手に笑いかけた。なんと先程のポンティアックではないか。

『ハハハ、誰だって車がグッと寄ってくれば、ハッとして車の正面を見るからね。ライトと見せかけたレンズがそこをパチリさ。人間は危険を感じたとき、ポーズを失ってその本当の表情を浮べるから、間違いのない写真がとれるというものだ』

『右側の男が例のキリコフ大尉なの?』

『どうもそうらしい。写したから分るサ』

運転手もニヤリとして答える。勝村良太の五年目の姿だった。

勝村は四十二度もの高熱を出し、約二週間も人事不省だったが、よく心臓がもちこたえて、ついに発疹チフスを克服した。

春になって捕虜名簿の作製が始まると同時に、元憲兵、特務機関、特殊部隊などのいわゆる前職者の摘発が盛んになった。

そのため収容所の政治将校は、所内にスパイをつくり、これに調査密告させるという、いわゆる「幻兵団」なるものを組織した。

幸い彼は脳症中も前身を曝露するようなうわ言もいわず、上等兵として通用したが、例の小便樽で行水を使った男は、うわ言からハルビンの石井部隊の有能な技師で、本多福三だということが判り、密告されて収容所から消えていった。

銃殺されたといい、北シベリヤの監獄に送られたなどという者もあったが、誰もが疑い深くなり、あまり人の噂などしなくなってしまったので、その後の本多技師の消息なども、ピタリと絶えてしまった。

勝村はそんな収容所の空気から、本能的にスパイ制度があることをかぎつけ、商売柄興味をもって丹念にそのスパイの実情を調べていた。

また同時に、あの発疹チフスの蔓延は謀略に違いないという確信を抱き、裏付け搜査を行うことも忘れなかった。

表面はあくまで民主主義者を装っていた彼は、引揚が始まると要領よくその一員にもぐりこんで、比較的早い二十二年の暮には舞鶴に上陸していた。

戦死者としてすでに軍籍も失っていた彼は、そこで意外にも嘗つての上官、露人班々長や保

護院長だった青木大佐に解逅した。大佐は飛行機で内地へ帰り、今はその対ソ工作の腕を買われて、CICの秘密メンバーとなっていた。対ソ情報については流石の米国も、元日本軍人の協力を乞わねばならなかったのであった。

迎えにきたジープ p.116-117 メジャー・田上の名前は耕作

迎えにきたジープ p.116-117 "In my judgment, he is the de facto director of the information department of the representative of Soviet, and is definitely Captain Kirikov, who arrested Japanese bacterial war criminals in the Khabarovsk trial."
迎えにきたジープ p.116-117 ”In my judgment, he is the de facto director of the information department of the representative of Soviet, and is definitely Captain Kirikov, who arrested Japanese bacterial war criminals in the Khabarovsk trial.”

戦死者としてすでに軍籍も失っていた彼は、そこで意外にも嘗つての上官、露人班々長や保

護院長だった青木大佐に解逅した。大佐は飛行機で内地へ帰り、今はその対ソ工作の腕を買われて、CICの秘密メンバーとなっていた。対ソ情報については流石の米国も、元日本軍人の協力を乞わねばならなかったのであった。

東京の顔、銀座。そして夜の銀座の裏通。バンドの旋律に乗って嬌声のこぼれる西銀座も、四丁目から京橋寄りに入ると、幾分静かになって何かホッとした感じになる。

スカッとした二世スタイルになった勝村は並木通りに入る。外人兵の集まるクラブのはずれに進駐軍ナムバーの車が沢山駐車している。時計をみて勝村はウインドウを覗いた。尾行を調べる習慣的な動作だ。

彼を乗せた一台の車が静かにスタート。諜報将校で二世には少ない少佐だった。ラジオを入れて音楽を流す。バックミラーを睨みながら尾行する車があるかどうか注意する。朝鮮動乱が始まってからようやく一年になろうとしていたので、米国も必死になって対ソ諜報に努力を傾けていた。

『御苦労さん。写真の男判りましたか?』

『一九五一年、つまり今年の三月廿三日芝浦入港のソ連船スモールニー号で入国した男です。

資格はシビリヤンで代表部雇員、エゴロフということになってますがね』

『トンデモハップン、ですか。ハハハ』

メジャー・田上は冗談を飛ばしながら、スッと車を走らせて東銀座へ渡り、小さなバーのネオンの下に停めた。二人きりの車内、ラジオを流して盗聴を防ぎ、しかも盛り場の明るい灯の真下で、通りすがりにでも車内の顔をみせないという心くばりだ。

『私の判断では、事実上の代表部情報部長であり、例のハバロフスク細菌戦犯の摘発をやったキリコフ大尉に間違いないですね』

『キャプテン・キリコフは進級したよ』

『ホウ、そうですか。その功によりですな』

『キリコフか?』田上少佐は溜息をもらしながら、また車を移動した。

『最近の動きをみていますと、例のUSハウス九二六号が、大尉(カピタン)・キリコフ、いや、少佐(マイヨール)・キリコフですか、奴の根拠地です。あの辺は米軍の部隊ばかり……』

『燈台下暗しでしたね』 メジャー・田上の名前は耕作といった。名前を説明して『耕やす作ると書きます。私の父は百姓ですから……』と笑うような二世だった。日本人の気持が良く判るのでこの仕事も旨く行くのだろう。

迎えにきたジープ p.126-127 戸籍まで抹殺された

迎えにきたジープ p.126-127 All personnel documents about him have been burned down. He was reported dead. And there is only one superior who knows what happened to him--this was the fate of Nakano graduates.
迎えにきたジープ p.126-127 All personnel documents about him have been burned down. He was reported dead. And there is only one superior who knows what happened to him–this was the fate of Nakano graduates.

黒河の町の西はずれに神社がある。そのそばには「工作家屋」と呼ばれる建物があるのだ。人相、年齢、氏名をソ連側に通告した満人の諜者が二、三名いる。

彼らは定期的に、定められたコースで対岸のブラゴエに渡り、ソ連側の工作家屋に行く。そ

こで携行した日本側の情報を渡し、またこちらの要求する、ソ連側の情報をもらってくるのが役目だ。

その次には、同じようなソ連側の諜者が舟を出して、黒河の東はずれ海蘭公園のあたりに上陸する。そこから河岸沿いに町を横切り、西郊の工作家屋にやってくる。同様に情報を提供し、要求する。

この組織は定められた諜者と定められたコースにだけ、憲兵とゲ・ペ・ウの治外法権を認め合っている。相手側に対する質問の仕方と、その質問に対する返事の仕方、そこに双方の工作主任の力量がある。七割与えて十割とるというわけだ。

そんな国境地帯の任務が終って、ハルビンに帰ってきた勝村は、やがて大尉になった。

勝村のハルビン在勤時代、当時の機関長土居明夫大佐の有名な「秋林(チュウリン)工作」が行なわれた。そのころ女学校を出たばかりの和子は工作の舞台となった秋林百貨店の売場に、まだあどけなさの脱けきらぬ姿をみせていたのだった。

満鉄社員と称して、足繁く出入りする勝村に若い和子の魂は魅せられてしまった。だが、すでに次の任務を授けられて、妻帯する自由もない勝村には和子の気持を受入れることはできなかった。しかしたった一度、勝村がブラゴエ潜入を命ぜられて、それとなく別れを告げに逢っ

た夜、二人は愛情を誓い合ってしまったのだった。

まだ毛皮外套(シューバー)の放せないある朝のことであった。満鉄社員勝村の家は、数名の憲兵に寝込みを襲われた。隣り近所の眼をみはらせて、勝村は連行されていった。

かつて彼が決定した数多くの甲処置、乙処置と同じ運命が彼を手招いているのだ。もちろん取調べとてなく、あちこちの衛戍(えいじゅ)刑務所や一般の刑務所を転々と移され、彼の行方をこんがらからせた。そして、さらに数ヶ月の間、ハルビン郊外の一軒の家に潜伏していた。

その間に着々と準備は進められた。彼の軍籍に関する一切の人事書類が焼きすてられてしまった。郷里には〝戦死公報〟が出され、戸籍まで抹殺されたのだ。潜伏のアジトの高い塀に囲まれた僅かばかりの庭を、檻の中の動物のように歩き回る毎日が続いているとき、機関の露人斑長青木大佐が現れた。

『命令。勝村大尉ハ……』

直立不動の姿勢で聞く命令下達。伸ばした左手には軍刀の冷たい感触もなかったし、あげた右手には位置すべき軍帽のつばもふれなかった。秘めやかな壮途、そして彼がどうなったかを覚えていてくれる日本人は、命令下達者たった一人しかいない——これが中野学校卒業生の歩むべき道であった。