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黒幕・政商たち p.018-019 「三矢研究」機密文書が外部流出

黒幕・政商たち p.018-019 さる四十年二月十日の衆院予算委で岡田春夫議員の行った「三矢研究」の質問に端を発した、「三矢事件」である。
黒幕・政商たち p.018-019 さる四十年二月十日の衆院予算委で岡田春夫議員の行った「三矢研究」の質問に端を発した、「三矢事件」である。

これだけをみるならば、いわば〝業界の研究機関〟もしくは、〝業界の内報屋〟にすぎないものであるが、テーマが「国防」とあって、しかも一流財界人をはじめ、現職の防衛、外務両大臣までが加わっているとあっては問題が大きくなってくるというのも当然のことである。

設立趣意書の中、筆者傍点の部分、「優れた研究スタッフ」と「豊富な情報調査網」とが、月五千円の会費で買えるならば、「わが国の安全保障問題」イコール「国防」イコール「軍事機密」と見てくれば、この調査会が、治安当局の注目を集めるのは、これまた当然のことである。そして、関連して思い起されるのは、さる四十年二月十日の衆院予算委で岡田春夫議員の行った「三矢研究」の質問に端を発した、「三矢事件」である。

「三矢研究」の内容その他を問題にする岡田議員に対し、どうして「三矢研究」という機密文書が外部に流出したかを問題にして、そのルートを調査しようというのが、「三矢事件」である。

これは、国家公務員法の百条に当る、自衛隊法五十九条の「秘密を守る義務」違反被疑事件であるからだ。

もっとも防衛庁の機密ろうえい事件はまだ他にもあった。三十九年三月、参院予算委で共産党の岩間正男議員が、「防衛力整備に関する基本的見解」(昭和三十八年八月、空幕作成)を暴露したのに始まり、「同見解」と「臨時国防基本法(私案)」(三十八年十月、空幕作成)の二つが、作家松本清張氏の筆によって、文芸春秋誌九月号「防衛官僚論その一」に掲載され、さらに、同誌十一月号「同その三」で、「三矢研究」(三十八年度総合防衛図上研究)のうち「三十八年度、陸上自衛隊指揮所演習」(同年二—六月、陸幕作成)と、「昭和四十年、統合年度戦略見積り資料」(三十九年統幕作成)を公表してしまった。

疑問を残して迷宮入り

これらは、いずれもトップ・クラスの機密文書であるから、防衛庁としては、その流出ルートを究明するということは重大な問題であり、もちろん、内部問題として、陸上自衛隊中央調査隊が、しかるべく捜査中であったところに、この岡田議員の第四回目のバクロが行なわれたのだった。

岩間議員への流出ルートとして、中央調査隊が割り出したのは、第一回、第二回のバクロの二文書が、いずれも空幕作成のものだけだったので、市ヶ谷の空幕幹部学校の秘密文書の印刷所であった。そして、そこに公然とタッチできるO事務官の身辺に、捜査の焦点が絞られた。だが、O事務官はウソ発見器にかけられても、強引、かつ徹底的に否認しつづけ退職してしまった。

O事務官から岩間議員までの、流出ルートは十分に推測されたが、物証の裏付けを得られないまま、調査隊は断念せざるを得なかったが、さらに第三回、つまり松本清張氏の第二回目に陸幕文書、統幕文書が出現するに及んで、O事務官退職後の、空幕文書以外の文書が出たことから、ついに内部問題としての、調査隊独自の捜査をあきらめ、警視庁公安部に対し、捜査協力を依頼するにいたったのである。

黒幕・政商たち p.020-021 「三矢事件」は迷宮入り同様

黒幕・政商たち p.020-021 着眼したのが、文芸春秋が、松本清張氏の「防衛官僚論」を掲載しているのだから、清張氏に原稿料を支払ったほか、関係者に取材費が出ているに違いないとニランだのである。
黒幕・政商たち p.020-021 着眼したのが、文芸春秋が、松本清張氏の「防衛官僚論」を掲載しているのだから、清張氏に原稿料を支払ったほか、関係者に取材費が出ているに違いないとニランだのである。

O事務官から岩間議員までの、流出ルートは十分に推測されたが、物証の裏付けを得られないまま、調査隊は断念せざるを得なかったが、さらに第三回、つまり松本清張氏の第二回目に陸幕文書、統幕文書が出現するに及んで、O事務官退職後の、空幕文書以外の文書が出たことから、ついに内部問題としての、調査隊独自の捜査をあきらめ、警視庁公安部に対し、捜査協力を依頼するにいたったのである。

つまり、O事務官の事件に関し、防衛庁の記者クラブに属する、日刊紙の記者やら、日刊紙以上に激しい取材竸争をしている週刊誌記者が、捜査線上に浮んできたから、調査隊としては、力不足を感じたのであろう。

捜査協力を求められた警視庁としては専門家の誇りもあって、極秘裡に動き出した。まず、物証がなければ、強制捜査——つまり、逮捕状を裁判所に請求したり、家宅捜査などが行えないというので着眼したのが、文芸春秋が、松本清張氏の「防衛官僚論」を掲載しているのだから、清張氏に原稿料を支払ったほか、関係者に取材費が出ているに違いないとニランだのである。

これには、二説あって、防衛庁が文春に辞を低くして、支払伝票を見せてもらい、その中から〝然るべき〟人名を拾いだし、この名簿を持って警視庁に頼んだという説と、警視庁が〝任意提出〟を求めて(任意提出を求めるというウラには拒めば令状を持ってきて徹底的にやりますよ、という、インギン無礼的なニオイがする)、その中から人名を拾ったという説とである。

ともかく、こうして八名の新聞、雑誌記者の名前が浮んできたのであった。その中でも、新聞のK記者、D記者、雑誌のO記者らの動きが、当局側にとって、何としても納得の行かない多くの要素を含んでいた。だが、ついに、物的証拠はつかめなかったのである。ともかく、ガサ(家宅捜索)をかけて、メモから電話早見表、家計簿にいたるまで、証拠のヒントになりそうなものすべてを取り、さらには、容疑者を引ッ張ってきて泊めて、タタいて、吐かせる。そしてまた、ガサ、逮捕という、積上げ方式の、〝岡ッ引〟捜査技術に出発している、日本の警察の捜査技術では、このようなスパイ事件捜査は、未だしの感が深いのである。もちろん、単に、国家公務員法百条、自衛隊法五十九条という「秘密を守る義務」の項にしか準拠法令がないという、立法上の問題点はあるのだが。

防衛庁では九月十四日、「秘密の保全が不適切」という理由で、三輪事務次官以下二十六名の処分を発表した。その内容は、注意、訓戒、戒告の三種類。この中で一番重い戒告には、伊藤六豊三等空佐(元空幕防衛部運用課員)が、ただの一名であった。伊藤三佐は九月末日に退職したが、この処分を見ると、伊藤三佐への疑惑が、一番大きかったということが判るが、こうして、とうとう、「三矢事件」は、迷宮入り同様にして、ピリオドが打たれたのであった。だが、公式的な当局の捜査は、そんな形でピリオドが打たれたのだが、私が調べた限りでは、興味深い事実の数々がある。

黒幕・政商たち p.022-023 怪しからんのですよ。文春は!

黒幕・政商たち p.022-023 松本清張氏の代作者、大竹宗美氏がフロシキ包み一杯の書類をかかえて、文春本社に馳けこんできた。「すぐ、ゼロックスでコピーを取ってくれ。数時間でこの書類を、もとの所に返さねばならないんだ!」
黒幕・政商たち p.022-023 松本清張氏の代作者、大竹宗美氏がフロシキ包み一杯の書類をかかえて、文春本社に馳けこんできた。「すぐ、ゼロックスでコピーを取ってくれ。数時間でこの書類を、もとの所に返さねばならないんだ!」

だが、公式的な当局の捜査は、そんな形でピリオドが打たれたのだが、私が調べた限りでは、興味深い事実の数々がある。

支払い伝票のメモをめぐって

「三矢事件」が問題となった時のことである。松本清張氏の代作者、大竹宗美氏がフロシキ包み一杯の書類をかかえて、文春本社に馳けこんできた。

「すぐ、ゼロックスでコピーを取ってくれ。数時間でこの書類を、もとの所に返さねばならないんだ!」

大竹氏は興奮して、そう叫んだという。

当局の調べによると、防衛庁関係はともかくとして、文春ならびに松本清張氏のもとに、この書類を運んだのは、前述の通り大竹氏だという。警視庁公安部では、この書類流出を、自衛隊法違反、公務員法違反の被疑事件として取りあげた。

読売新聞の軍事記者として著名な、堂場肇氏は、当時の事情をこう語る。

「怪しからんのですよ。文春は! これらの関係の、取材費や謝礼金伝票を、警視庁に〝任意提出〟で差しだしたのです!」

堂場記者といえば、時事新報の経済部記者がスタート。やがて、時事がサンケイに吸収合併されて、社会部にうつる。彼は、その時代に、続きもの「下山事件」で、その綿密な調査記録を発表し、「サンケイに堂場あり」と、筆名を高めた。この続きものは、朝日の矢田喜美雄記者が、「帝銀事件」「下山事件」とヒットしてきた、調査記録と並び称され、専門家筋に高く評価された労作であった。

その後、読売社会部に転じ、続きものなどの調査研究記事を得意とし、防衛庁詰めとなっては、例のグラマン・ロッキード事件などで筆名をあげた。どちらかといえばアカデミックなタイプの記者で、現在は、読売の「国際情勢調査会」の主任調査委員でもある。そしてまた文春誌のセミレギュラー執筆者であり、〝文春派〟記者と見られていただけに、彼の、このような〝怒り〟は、私にとっては、やや、意外な感じでもあった。

というのは、すでに情報として、防衛庁記者クラブに属する、日刊紙記者たち八名(含雑誌記者)の名前があがっていたからである。ここで問題となるのが、記者の取材伝票である。これは足代、電話代、飲食代にいたるまで、経路、相手方、店名など、取材雑費のすべてが、その記者の取材活動の〝こん跡〟を、雄弁に物語るよう記録されているのが、通例である。

だから、機密文書を入手するため、誰とどのように連絡し、行動したかは、当然、すべて記録されているハズである——これに着眼したのは、流石に警視庁であった。

いずれにせよ、株式会社「文芸春秋」は当局が捜査資料にする目的を持っていることを知りながら、「防衛官僚論」関係者の支払伝票を、任意に提出したことは、堂場氏の言葉からも、事実だと判断される。

黒幕・政商たち p.024-025 誤認逮捕される危険を感じた

黒幕・政商たち p.024-025 読売新聞の堂場記者が、「三矢事件」で、防衛庁の機密文書流失ルートの容疑者になったことは事実である。
黒幕・政商たち p.024-025 読売新聞の堂場記者が、「三矢事件」で、防衛庁の機密文書流失ルートの容疑者になったことは事実である。

いずれにせよ、株式会社「文芸春秋」は当局が捜査資料にする目的を持っていることを知りながら、「防衛官僚論」関係者の支払伝票を、任意に提出したことは、堂場氏の言葉からも、事実だと判断される。

堂場記者の、あの温厚な同氏の、怒りも当然である。

未発にこそ終ったが、堂場氏自身も、誤認逮捕される危険を感じたのだという。堂場氏が協力してやった「防衛官僚論」のために、今度はクルリと〝権力〟側に寝返ってしまった、「文芸春秋」によって、左翼的表現に従えば〝官憲に売り渡され〟そうになったのである。

読売新聞の堂場記者が、「三矢事件」で、防衛庁の機密文書流失ルートの容疑者になったことは事実である。

その証拠には、自衛隊の調査隊員(もちろん将校である)の一人が、旧知の治安当局係官の紹介で、私のもとに、堂場記者の調査に現れたからで、私の逆取材から、調査隊の意図が判明したという事実がある。

自衛隊中央調査隊ばかりか、警視庁公安部もまた、同じ意図で捜査していた。そのこと自体を、堂場記者も察知していた。だからこそ、氏は「文芸春秋」の態度を怒るのである。

「私が、松本清張氏の名前で発表されている『防衛官僚論』に、助言をし基礎的知識を提供したことは事実である。というのは大竹宗美という、松本氏の助手に面会を求められた。

話を聞いてみると、『防衛官僚論』を書くので、取材に協力してくれという。しかし、私は岩間議員への文書ろうえい問題で防衛庁がモメたことを知っていたので、慎重を期して、大竹氏のインタビュウに応じたのだった。

つまり、文春の応接室で、文春社員である記者に立会ってもらい、同記者にも談話内容のメモを取ってもらったのである。

私は、決して大竹氏にも松本氏にも、機密文書を渡してもいないし、その内容について、話してもいない。大竹氏とサシでないから、その証人はいるわけだ。

私の談話が、『防衛官僚論』にそのまま流用されて、私の許には、文春から談話謝礼が送られてきた。だから、その限りでは、文春の事務処理面からだけみると、私も、三矢事件関係者なのである。

事件が具体化し、防衛庁が文春の支払伝票メモを、警視庁という捜査当局に提供したことが明らかになった当時、防衛庁記者クラブの記者会見があった。

私は、自分が容疑を受けていることを知っていたので、防衛当局者に強く抗議をした。『何故、各人別に、談話謝礼伝票の内容を調べず、名簿だけを、刑事事件容疑の捜査資料として、警視庁に渡したのか。軽率すぎるのではないか』と。

その際、東京新聞の香原(こうはら)記者も、私の抗議に便乗した形で、激しく抗議していた。その語調の厳しさに、私は彼の名前も出ていたのだと感じた」

堂場記者の、この話の内容で明らかになったように、捜査当局は文春の自発的提供による「防衛官僚論」関係の支払伝票によって、文春の協力者に、鋭い容疑の眼を注いでいたのである。言葉をかえれば、文春は、国家権力の前に縮み上って、自社の協力者を、官憲に売り渡したのである。さらにいえば、松本清張氏は、自分の著述の協力者を、全くかばおうとしなかったのである。

黒幕・政商たち p.026-027 堂場は三矢事件に関係したアカだ

黒幕・政商たち p.026-027 意外な伏兵があって、敢然と反対運動をまき起しはじめたのである。というのは自民党代議士の千葉三郎氏が、各関係官庁に直接電話をかけて怒鳴り込み出したのであった。
黒幕・政商たち p.026-027 意外な伏兵があって、敢然と反対運動をまき起しはじめたのである。というのは自民党代議士の千葉三郎氏が、各関係官庁に直接電話をかけて怒鳴り込み出したのであった。

堂場記者の、この話の内容で明らかになったように、捜査当局は文春の自発的提供による「防衛官僚論」関係の支払伝票によって、文春の協力者に、鋭い容疑の眼を注いでいたのである。言葉をかえれば、文春は、国家権力の前に縮み上って、自社の協力者を、官憲に売り渡したのである。さらにいえば、松本清張氏は、自分の著述の協力者を、全くかばおうとしなかったのである。

 私は、堂場記者を、かつての同僚として十分に知っているだけに、この話をそのままに評価している。すなわち、堂場記者の手を通じて、防衛庁の機密文書が流失したとか、さきごろの外務省員のように、いくばくかの金銭にかえるため、文書を持ち出したとかは思わない。

 このようなウラ話を秘めたまま、当局は、防衛庁、警視庁ともに、捜査を打ちきって、さきのような処分の発表を行った。

影の主役に新聞記者

安全保障調査会の伏兵

さて、これらの処分が終った時期に、各方面に発送されてきたのが、前述の「安全保障調査会」の、『本会設立の趣旨に御理解をいただき、またその事業内容に御納得がいただけましたら、御入会下さいますよう、御願いいたします』という、案内状であった。

だが、防衛庁をはじめ、外務省、内閣調査室など、然るべき官庁の幹部と、十分な了解を持って、その資料を活用する段取りをつけていた「豊富な情報、調査網」のハズの、この「安保調査会」に、意外な伏兵があって、敢然と反対運動をまき起しはじめたのである。というのは自民党代議士の千葉三郎氏が、各関係官庁に直接電話をかけて怒鳴り込み出したのであった。

それは、同会設立趣意書の、筆者傍点部分、「優れた研究スタッフ」というのに目されているのが、読売記者で元防衛庁詰めであり、軍事評論家としても、一家言の地位を占めつつある堂場肇氏だと、千葉代議士は指摘するのである。

千葉代議士は、「堂場は三矢事件にも関係したアカだ。そんな奴に、各官庁の機密資料を出したら、それこそ、みんなツツ抜けぢゃないか」と、各役所の事務当局に、自ら電話をかけてきたという。(堂場氏の話)

黒幕・政商たち p.028-029 松本機関と呼ばれるトップ屋

黒幕・政商たち p.028-029 それよりも、私は、堂場記者の話の中で「松本清張氏の助手の大竹宗美氏」と、さらに「東京新聞の香原記者」という、二人の人物が明らかにされたことに、より興味を覚えていた。
黒幕・政商たち p.028-029 それよりも、私は、堂場記者の話の中で「松本清張氏の助手の大竹宗美氏」と、さらに「東京新聞の香原記者」という、二人の人物が明らかにされたことに、より興味を覚えていた。

千葉代議士は、「堂場は三矢事件にも関係したアカだ。そんな奴に、各官庁の機密資料を出したら、それこそ、みんなツツ抜けぢゃないか」と、各役所の事務当局に、自ら電話をかけてきたという。(堂場氏の話)

そして、堂場氏自身の言葉によると、千葉代議士のこのような積極的反対を受ける〝身の覚え〟は全くなく、もし、千葉氏のウラミを受けるとすると、警職法国会の当時、自衛隊を東京に集めて、院外デモに対抗せよと自民党の一部の声があったが、「自衛隊を自民党の私兵視するのは間違っている」旨の記事を書き、その記事の中に、千葉氏らの名前をあげたこと位だという。

堂場記者がアカというのは、もちろん、秘密党員だとかいうことではない。治安当局の「日共秘密党員名簿」にも、その名はない。千葉代議士クラスになると、自民党を批判するものはすべて〝アカ〟という大ざっぱな考え方であろう。

それよりも、私は、堂場記者の話の中で「松本清張氏の助手の大竹宗美氏」と、さらに「東京新聞の香原記者」という、二人の人物が明らかにされたことに、より興味を覚えていた。

治安当局の調べによると、松本氏の助手で、いわゆる〝松本機関〟と呼ばれる何人かのトップ屋がいて、これらが、松本氏のもとで取材執筆に当っていること。その中にはアカハタ日曜版などに執筆している、共産党員もいるということである。

私の調べでは、大竹氏は週刊文春に連載している、松本清張名儀の「昭和史発掘」をも担当している。出張校正(〆切間際には印刷会社にいって校正する)などでは、大竹氏が自由に加筆訂正したり、削除したりしているというので、これは大竹氏の著作ではないかと考えられる。「防衛官僚論」もまた、堂場氏は大竹氏にしかインタビュウされておらず、果して松本氏が筆を取っているかどうか、疑わしいということがいえる。つまり、松本清張という個人の著述ではなく〝松本清張工場〟の製品ということである。

香原記者は、〝陸士五十八期生〟と一般に伝えられ、そのため、自衛隊の制服組に同期生がいて、喰いこんでいるというのであるが、陸士卒ということはあり得ず、また、兵籍名簿にも該当はない。従って〝自称〟もしくは、誤伝である。が、事実、防衛記者としては、取材力のある記者である。

堂場氏の抗議に、香原氏が便乗(?)したという点から考えると、香原氏も、文春の謝礼支払伝票に名前があった人物と推測されるのであるが、同氏の話をきく時間的余裕が得られなかったので、真相は不明である。

一方、千葉代議士の情報参謀には、元東京新聞編集局次長であった、浅野一郎氏がいるのである。浅野氏は東京新聞の社会部に入り、政治部、論説委員を経て編集局次長で退社し、昭和三十八年の衆院選に、茨城から出馬したが落選した人物。千葉代議士の情報参謀は、東京新聞記者時代からだったとみられるが、香原記者の先輩である。

黒幕・政商たち p.030-031 朝雲新聞に内紛があった

黒幕・政商たち p.030-031 この「朝雲新聞」に社長と編集長との間の内紛があった。経営の乱脈といい、情報をもらすという、双方の主張はさておき、この編集長は、「朝雲」を去って、自衛隊の機関紙といわれる「隊友新聞」に投じた。
黒幕・政商たち p.030-031 この「朝雲新聞」に社長と編集長との間の内紛があった。経営の乱脈といい、情報をもらすという、双方の主張はさておき、この編集長は、「朝雲」を去って、自衛隊の機関紙といわれる「隊友新聞」に投じた。

「三矢事件」が意味するもの

ここで、私の推理を述べると、堂場氏と香原氏とは、堂場氏が理論的で内局(内務官僚系)に強いのに対し、香原氏は行動的で制服(部隊系)に喰いこんでいた、共にA級の防衛記者であったということである。いうなれば、〝筆敵〟の間柄というのであろうか。それが共に、「三矢事件」の流出ルートとして、捜査当局の対象になった。そしておたがいが疑心暗鬼にかられ〝堂場はアカだ〟という情報が、香原—浅野—千葉の線に流れたのではあるまいか、ということである。

さらにまた、「安保調査会」の事業内容には、月刊研究誌「国防」の刊行がある。この辺にもまた、問題がひそんでいそうである。この雑誌は、同会によると「発刊以来すでに八年、わが国の防衛問題に関する、唯一の専門誌として、その存在を高く評価されていますが、今後はその編集を安保調査会が行い」とある。

つまり、防衛庁の共済組合の機関紙と見られていた「朝雲新聞」というのがあるが「国防」は同紙で編集し刊行していた。この「朝雲新聞」に社長と編集長との間の内紛があった。経営の乱脈といい、情報をもらすという、双方の主張はさておき、この編集長は、「朝雲」を去って、自衛隊の機関紙といわれる「隊友新聞」に投じた。「隊友新聞」は、制服の佐官が編集にタッチするほどのものであるから、発行部数も「朝雲」より多く、これこそ〝隊員の機関紙〟という。「朝雲」と「隊友」とは、その経営スタッフ、発生ともに、対照的であるだけに、対抗意識もあることは、十分察せられる。

堂場氏の意見は、「隊友」の紙面に対して、過激であるとして批判的である。そして、安保調査会の研究スタッフの一人に、堂場氏と並んで、「朝雲新聞」発行の下士官向け月刊誌「朝雲」の大倉編集長も加わっているのだから、「朝雲新聞」の社長対編集長の争いとからんで、やはり対立意識は抜けそうもない。その「朝雲新聞」が、経営難から(隊友新聞側の話)、月刊誌「国防」を刊行できなくなり、安保調査会へゆずったのだという。

このような、幾つもの事件と、トラブルとの経過の積み重ねとのあとで、そして、このような人と人とのつながりの上で、「安全保障調査会」はスタートした。ニュー・オータニのパーティ会場には、適量のアルコールが人々の談笑を誘って和やかではあった。

どんなメンバーが集まったか、また、どうして十一名の発起人が集まったか、財界の一流人が六名も名を列ねたか、の詳しい〝内幕〟には、ここで触れる必要はあるまい。

ただ各治安当局は、自衛隊の中央調査隊も含めて、ジッとこの「調査会」をみつめている。もちろん、筆者もかつて同僚だった堂場氏が、秘密党員であるとか、〝アカ〟だという意見には反対であるし、否定もする。

黒幕・政商たち p.032-033 伊藤忠—防衛庁機密漏洩事件

黒幕・政商たち p.032-033 この時には、有吉久雄防衛研究所長から、「職務上保管していた『秘』の表示のある、『第二次防衛力整備計画事業計画案の概要』を閲覧させ」(読売記事)られた疑いで、朝日新聞篠原宏記者が登場するのである。
黒幕・政商たち p.032-033 この時には、有吉久雄防衛研究所長から、「職務上保管していた『秘』の表示のある、『第二次防衛力整備計画事業計画案の概要』を閲覧させ」(読売記事)られた疑いで、朝日新聞篠原宏記者が登場するのである。

そして、面白いことには、治安当局であるところの、警察の外事、公安関係が会費を払って調査会の会員になっているということである。新聞、雑誌にある「愛読者」と同時に存在する〝憎読者〟のたぐいであろう。

そして、これからの「情報活動」は、すべて、ゾルゲ・スパイ事件と同じケース。政界人や財界人の、側近と呼ばれ、参謀と称される人たちと、それを取巻く〝記者〟たちが、主役にならざるを得まい。警察予備隊という名前と、そのスタッフとで出発した〝日本の新しい軍隊〟が、今、持っている性格をあまりにも、象徴した事件が、「三矢事件」であり、その「三矢事件」は、防衛庁と自衛隊との性格をそのままに持ち越して、今また「安全保障調査会」に、その姿をチラリと見せたのである。

「安全保障調査会」ばかりではない。もっと露骨に出てきたのが、四十三年春の「伊藤忠—防衛庁機密漏洩」事件である。そして、この時には、有吉久雄防衛研究所長から、「職務上保管していた『秘』の表示のある、『第二次防衛力整備計画事業計画案の概要』を閲覧させ」(読売記事)られた疑いで、朝日新聞篠原宏記者が登場するのである。

事件が表面化したのは、有吉氏の保管していた書類の表紙ナンバー(14-50)のあるコピーが、伊藤忠商事などの、商社関係に流れていたからである。いわゆる、総合商社といわれる貿易商社が、どんな形の〝商売〟をするのであろうか。話は少し旧聞に属するのだが……

第2章 米対外援助資金への疑惑

昭和四十年。〔三月九日ニューヨーク発AP〕米司法省は九日、米国東棉社ニューヨーク本社を含むニューヨークの貿易会社二社を詐欺罪で告発した。告発の理由は、米対外援助による南ベトナム、韓国向け資材について、米政府に偽りの申告をしたというもの。

黒幕・政商たち p.034-035 疑問を抱かせるニュース

黒幕・政商たち p.034-035 莫大な対外援助資金が果してその本来の目的意義に、正しく投ぜられているかどうか。被援助国もしくは、米本国に於てすらも〝利権〟化されているのではなかろうか
黒幕・政商たち p.034-035 莫大な対外援助資金が果してその本来の目的意義に、正しく投ぜられているかどうか。被援助国もしくは、米本国に於てすらも〝利権〟化されているのではなかろうか

第2章 米対外援助資金への疑惑

昭和四十年。〔三月九日ニューヨーク発AP〕米司法省は九日、米国東棉社ニューヨーク本社を含むニューヨークの貿易会社二社を詐欺罪で告発した。告発の理由は、米対外援助による南ベトナム、韓国向け資材について、米政府に偽りの申告をしたというもの。

「戦果はベトコン一人」

中古機械が新品に

さる四十年六月に行なわれた、アメリカの戦略爆撃部隊の、ベトコン根拠地への渡洋爆撃は、「戦果はベトコン一人」の珍ニュースとして全世界に流れた。ワシントン発のUPI電によると、この爆撃行の経費は、途中空中接触して墜落したB52二機の損害九百八十万ドルを含めて燃料費、人件費、爆弾の製造費など、総計二千万ドル(七十二億円)という。そして、ベトコン一人が殺された次第である。

このような計算は、アメリカならではの出来事であるが、ことほどさように、「戦争は高くつく」のである。高くつく戦争に比べれば安いというので、北鮮から在日北鮮系の団体である朝鮮総連に流されてくる資金は月額二十億円といわれている。この豊富な資金で、在日朝鮮人の教育、文化、政治工作が賄なわれ、一説によると、南鮮を占領すると同時に、総連の下にある各府県連が、そのまま南鮮各地の行政組織として、即日進駐できるよう、訓練されているとさえ、伝えられているのである。

このような時点で、韓国に対するアメリカの対外援助(AID=国際開発局)資金をめぐって、日本商社の関係した問題が相次いで明らかになってきた。問題そのものは、アメリカのタックス・ペイヤー(納税者)に関するものではあるが、それが「対外援助」であり、韓国に関するものである限り、日本商社が関係しているのであるから、ここに問題点を指摘してみよう。

一九六四年のDAC(開発援助委)加盟国の行った経済協力実績の総額は、約八十六億余ドル。このうち、アメリカは五六・二%を占めており、その莫大な対外援助資金が果してその本来の目的意義に、正しく投ぜられているかどうか。被援助国もしくは、米本国に於てすらも〝利権〟化されているのではなかろうかという、疑問を抱かせるニュースである。

前記のAP電は伝える。

「米国東棉と同社の二口機械部長(当時)は六三年十一月、韓国向け機械二十一品目を新品と申告して輸出し、米政府は三十六万四千八百ドル(一億三千百三十二万八千円)を支払ったが実際に機械は新品でなかった。また、ユナイテッド・スチール・アンドワイヤー社のグリーン社長は、南ベトナム向け鋼線七万ドル以上の、三分の一を積出しただけで、五万五千ドルを着服した。

もし有罪となれば、二口氏は最高懲役百五年、米国東棉は罰金二十一万ドル(七百五十六万

円)の判決を受ける可能性がある」

黒幕・政商たち p.036-037 イヤイヤしたことだ。

黒幕・政商たち p.036-037 刑事訴追をされている二口氏が帰国して東棉の要職にいるということは、社内では責任が問われていないということで、すなわち、東棉自体の〝会社ぐるみ犯罪〟容疑であるということである。
黒幕・政商たち p.036-037 刑事訴追をされている二口氏が帰国して東棉の要職にいるということは、社内では責任が問われていないということで、すなわち、東棉自体の〝会社ぐるみ犯罪〟容疑であるということである。

もし有罪となれば、二口氏は最高懲役百五年、米国東棉は罰金二十一万ドル(七百五十六万

円)の判決を受ける可能性がある」

日本の総合商社中の大手であり、米国南部に於ては、輝やかしい信用と歴史とを持つ、東洋棉花が、司法省に詐欺罪で告発されたということは、記事は小さく、しかも朝日だけではあるが、意味するところは大きい。ここにあえて「東洋棉花」と書いたのは、朝日の記事中に「経営が全く別会社になっている」とあるが、米国東棉は、事実上東洋棉花そのもので、便宜上から現地法人となっているに過ぎない。

事実、ダイヤモンド社の会社職員録(39年11月版)によると事件の被疑者である米国東棉社二口正道機械部長は、帰国して東棉の機械第一部大阪支部長という要職にあり、東棉取締役の横山健治氏が、米国東棉社首席となって、中上公平次席以下、五名の東棉社員が名を列ねている。事件は「人」が起すものであって、「経営」が起すものではない。しかも、責任者として刑事訴追をされている二口氏が帰国して東棉の要職にいるということは、社内では責任が問われていないということで、すなわち、東棉自体の〝会社ぐるみ犯罪〟容疑であるということである。

会ってみると、二口氏は日本語より英語が上手だといわれるように、実直で小心そうな技術者であり、彼自身が主張するように、シッビングの書類にサインした。その署名責任を追及されているという感じだ。

たった36万ドル?

その口下手な言葉を引取って前秘書室長の井上取締役が説明する。

「東棉の化学、繊維部門で、かねて取引のあった韓国商社の銀星産業というのが、工作機械を買いたいというので、東棉機械部に紹介してくれという。機械部で話を聞いてみると、米対外援助資金(AID)でというので断わったところ、米国東棉へ紹介してくれという。イヤイヤ紹介したところ、銀星の林社長が自身アメリカに渡り、自分で中古品を買いつけてきた。AIDはバイ・アメリカンだから米国で買わねばならない。しかし、資金の割当て枠があるので林社長は欲張って品数をふやすため、中古品を買った。

AIDには、昨年末まで新品に限るという規定があった。しかし、中古ではあるがモデルが古いというだけの中古品で、un-used(未使用)だから、new(新品)と解釈してシッビングの書類にそう記載した。米国東棉としては、林社長の要請で、断り切れずにシッピングだけを受持っただけ、しかも、イヤイヤしたことだ。

米国東棉の機械部の月商は、一千万ドル近いから、この林社長の三十六万余ドルの商売など小さく、ムリして取る客ではない。しかし、米国駐在社員一人月間百万円近い経費だから、コミッションはもらった。

黒幕・政商たち p.038-039 AID職員の質が問題

黒幕・政商たち p.038-039 AIDは利権化されている。殆どすべての職員が、〝出稼ぎ人根性〟で、バイ・アメリカンで米国商社、また、援助を受ける現地商社との〝黒い〟関係が生ずる。
黒幕・政商たち p.038-039 AIDは利権化されている。殆どすべての職員が、〝出稼ぎ人根性〟で、バイ・アメリカンで米国商社、また、援助を受ける現地商社との〝黒い〟関係が生ずる。

第一、輸出のさいの検査、韓国への輸入のさいの、在韓AIDの検査も、すべてパスしているのに、業務が終了してから、AID内部で、『二十一品目もあるのに、三十六万ドルでは安すぎてオカシイ』と、チェックされ、FBI(連邦検察局)の捜査が始ったと聞いている。だから、AID内部に何かがあるのではないかと思う。

九月に第一回公判がある予定だったが、十月にのびた。米人弁護士に任せてあり、会社としては、『未使用は新品』の解釈をとっているので、この点で争えるつもりだし、同様の意味で二口氏には責任がないものと考えている。事件は三十八年十一月のことで、問題化したのは三十九年の春ごろからで、二口氏は七月に任期を終えて帰国した。事件になったからではない。丸三年勤務したからだ。

事件そのものは、外務、通産両省の見解でも、どうということはないし、現地でも一紙だけにしか小さく報道されていない」

新聞記事が小さいとか、一紙だけとかいうことが、事件の内容そのものを意味しないことはいうまでもない。

外務省北米課では、「東棉告発の問題」という一冊のファイルを作って、公電その他を整理しているが、枝村事務官はいう。

「事件は今すぐどうということはないが、裁判で不当な扱いを受けないようみて行く。被告

である日本人が帰国してしまっているが、犯罪人引渡し協定などの問題も、裁判が終ってからの将来のことだ。領事事務としての関心はその程度のことで、日本商社の信用ということは、また別である。米国刑法の累犯加重は重いと記憶しているので懲役百年といった判決もあり得ると聞いている。刑の執行はまた別の救済手段があるハズで、これは調べて見なければ、何ともいえないことだ」

日本に於て知り得ることは、この程度のことであろう。この事件の本質を解明するのには、FBIの捜査の端緒とその経過、告発に踏み切るまでの事情などを取材しなくてはならない。東棉の主張するように、単なるAIDの制限規定NEWの解釈の問題ではなく、また、米国東棉に、「犯意」があったかどうか、三十六万ドルは〝小さな商売〟かどうかの問題ではない。

ということは、「AIDは利権化されている。だから、アメリカは莫大な金を諸外国に注ぎこみながら、それだけの効果をあげるどころか、逆に嫌われているのだ」という、在日AIDが開設されていた昨年当時までそれに関係していた某氏の言葉がある。

某氏(現職の関係で特に秘す)は、第一番に、AID当局の職員の質を問題にする。殆どすべての職員が、〝出稼ぎ人根性〟で、もちろん、米本国へ帰って国務省の職員になれる程度の人物はいないという。そこから、バイ・アメリカンで米国商社、また、援助を受ける現地商社との〝黒い〟関係が生ずる。

黒幕・政商たち p.040-041 日本は約半分の値段で生産

黒幕・政商たち p.040-041 日本の推すプランが、御破算になってしまった。キルレン氏が陰で糸を引いており、彼の黒幕は、アメリカの石油資本と肥料業者の一群だった。
黒幕・政商たち p.040-041 日本の推すプランが、御破算になってしまった。キルレン氏が陰で糸を引いており、彼の黒幕は、アメリカの石油資本と肥料業者の一群だった。

某氏(現職の関係で特に秘す)は、第一番に、AID当局の職員の質を問題にする。殆どすべての職員が、〝出稼ぎ人根性〟で、もちろん、米本国へ帰って国務省の職員になれる程度の人物はいないという。そこから、バイ・アメリカンで米国商社、また、援助を受ける現地商社との〝黒い〟関係が生ずる。

この言葉は、私たちにマ元帥の下で、占領軍として日本を支配した彼の幕僚たちを想起させる。新聞を握った少佐は、田舎町の記者であり、国鉄をアゴで動かした中佐は、また駅員だったという実例である。

韓国肥料工場の怪

アメリカは、AIDで韓国に肥料工場を造った。だが、その工場ができるまでの経過を調べてみると、ここにも〝黒い疑惑〟が生れてくるのである。そしてこのAIDという巨大な怪物と闘う、日本商社の、対韓経済協力の姿がある。

三井物産の西島常務は、熱っぽい口調で、韓国の肥料工場建設をめぐる、日米の対立、主として、AIDの不可解な動きを語り、人材の点でも、前出某氏の言葉を裏付ける。

「アメリカの対外援助は、かつてはほとんど消費物資ばかりで、戦後の緊急の場合だったので止むを得なかったろうが、生産手段を援助しなかった。もともと韓国は食料が不足しているのは、人口増加率に農業生産が追いついて行けないのだ。

何故かといえば、農業技術が低いし、肥料が足りない。反当り米収穫量は二三七キロで日本の半分だ。そこで、肥料の生産設備が必要になってくるが、アメリカは、AIDの前身ICA

(ケネディ時代に、対外援助がAID一本にされた)で、忠州に尿素の肥料工場を作り、西独資本が羅州に、同じ尿素工場を造った。ところが、これでも尿素肥料は需要量の五割だ。足りないからヤミ値が出る。

そこで、我々は日本の対韓協力として、尿素工場建設の話を進めた。アメリカは調査団を送りこんできて、『韓国の土壌には混合肥料が必要だ』という。それ以前に尿素による土壌の改良が必要なんだ。窒素や燐酸カリなどの混合肥料ではない。それなのに、AIDで、第三、第四工場として、混合肥料の工場を造る計画を打出す。これは、在韓AIDであるUSOM(米韓経済協力所)の所長キルレン氏が強力に押す。

これに対し、日本は第五工場として、尿素工場の計画を推すという対立になった。しかも、この工場の尿素は、第一、第二工場の約半分の値段で生産されることになる。つまり、アメリカの肥料は、極めて高いということになる。

日本の推すプランが、韓国政府に受入れられておりながら、何だ彼だという問題があって、この日韓交渉はとうとう、六三年十二月に流れてしまい、御破算になってしまった」

西島常務は、その詳しい経緯を語ろうとしないが、その辺の事情を、外交評論家中保与作氏は、ズバリと「ここにいたらしめたものは一体何であったろうか。消息筋がひとしく伝えたのは、キルレン氏が陰で糸を引いており、彼の黒幕は、アメリカの石油資本と肥料業者の一群だ

ったのである」(東洋経済39年11月28日号)と、断言している。

黒幕・政商たち p.042-043 〝黒い霧〟ブームで暗躍が

黒幕・政商たち p.042-043 AIDはもちろんのこと、日韓協力にすら〝黒い霧〟はみなぎっていた。果して、現地商社——現地政府への政治献金という、カゲは考えられないことだろうか。
黒幕・政商たち p.042-043 AIDはもちろんのこと、日韓協力にすら〝黒い霧〟はみなぎっていた。果して、現地商社——現地政府への政治献金という、カゲは考えられないことだろうか。

西島常務は、その詳しい経緯を語ろうとしないが、その辺の事情を、外交評論家中保与作氏は、ズバリと「ここにいたらしめたものは一体何であったろうか。消息筋がひとしく伝えたのは、キルレン氏が陰で糸を引いており、彼の黒幕は、アメリカの石油資本と肥料業者の一群だ

ったのである」(東洋経済39年11月28日号)と、断言している。

私が、この記事を手がかりに調査を進めていってみると、六三年秋の日米経済委が、ケネデイ暗殺事件で流れたのも、日本側の抗議が国務省に伝わらなかった原因の一つでもあり、キルレン氏の〝黒幕〟と目されているのは、ガルフォーエルとか、スイピト投資団などであるらしいと考えられるようになってきた。中保氏はいう。「韓国農民の犠牲に於て、アメリカ資本に奉仕しようとするものにすぎなかった」(前出同誌)

アメリカが混合肥料を推すハラの中には、燐鉱石を売りつけたいという気持もあったに違いない。しかし、日本側の正論の前にアメリカの正義も動いた。関係者の大幅な人事移動がはじまったのである。キルレン氏はベトナムに転じ、在日大使館の経済参事官だったドーティ氏が在韓副大使となって、交渉再開のチャンスがめぐってきた。

六四年五月に交渉が再開されついに四十年の七月に日韓両国政府の正式許可がおりて、この尿素工場は決定した。日韓条約調印後の経済協力第一号であり、民間借款三億ドル以上のうちに含められる、初の大仕事だ。

六六年末に完成、稼動の予定だが、日本にもない、年間三三万トン生産、四、四〇〇万ドルという規模は、契約当事者三井物産、東洋高圧の技術提供という大手商社にして、はじめてなし得られる、経済協力であろう。

というのは、民間借款が、条約の成否とは関係なく可能なところから、これまでは、ともすれば〝黒い霧〟ブームで、利権政治家、政商、それらを結ぶ記者などの暗躍がすさまじく、大手商社としては、オーソドックスな経済協力として、その捲き返しを、事実をもって示さねばならなかったものである。

これらの事実から判断すると、AIDはもちろんのこと、日韓協力にすら〝黒い霧〟はみなぎっていたということで、さらには、果して、現地商社——現地政府への政治献金という、カゲは考えられないことだろうか。

対韓協力8億ドルのリベート

さる四十年十月十一日発表された、通産省貿易振興局の「経済協力の現状と問題点」白書によればアメリカの対外援助は、①AID、②輸出入銀行、③平和のための食糧計画、④平和部隊の四つで、これらの総額の半分以上は、AIDの担当する海外援助法に基づく援助である。もちろん、軍事援助は別である。

韓国銀行経済統計年表によると、米国の対韓援助額は、AIDと余剰農産物合計で、六〇年二億四千五百万ドル(余剰農産物千九百万ドル、以下同じ)、六一年一億九千九百万ドル(四千四百万ドル)、六二年二億三千二百万ドル(六千七百万ドル)、六三年二億一千六百万ドル(九

千六百万ドル)、六四年一億四千九百万ドル(六千一百万ドル)=以上いずれも百万ドル以下切捨て=とある。

黒幕・政商たち p.044-045 右翼、暴力団の大同団結を

黒幕・政商たち p.044-045 韓国政界の〝黒幕〟でもある金鐘泌氏が、日本政界の〝黒幕〟といわれ、右翼の巨頭と称せられる児玉誉士夫氏と会見し、日韓交渉の推進と、そのための右翼の決起とを要望したという。
黒幕・政商たち p.044-045 韓国政界の〝黒幕〟でもある金鐘泌氏が、日本政界の〝黒幕〟といわれ、右翼の巨頭と称せられる児玉誉士夫氏と会見し、日韓交渉の推進と、そのための右翼の決起とを要望したという。

韓国銀行経済統計年表によると、米国の対韓援助額は、AIDと余剰農産物合計で、六〇年二億四千五百万ドル(余剰農産物千九百万ドル、以下同じ)、六一年一億九千九百万ドル(四千四百万ドル)、六二年二億三千二百万ドル(六千七百万ドル)、六三年二億一千六百万ドル(九

千六百万ドル)、六四年一億四千九百万ドル(六千一百万ドル)=以上いずれも百万ドル以下切捨て=とある。

一方、日韓条約が成立すると無償供与三億ドル、政府借款二億ドル、民間借款三億ドル以上という、「経済協力」が、韓国へ支払われる。

この政府供与分は十年間の分割で、「日本国の生産物と日本人の役務」をドル換算で支払われるが、実際の現金は、韓国へ手渡されるのではなくて、日本政府から日本財界へ素通りするわけである。

この辺が、見方をかえれば、「経済協力」から、「経済侵略」といわれる所以であり、アメリカの対外援助と同様である。

東洋棉花という会社は、古くは三井物産の棉花部が独立した会社である。今、数十年の歳月を経て、一方はAIDの不正にくみしたとして、刑事訴追を受け、一方はAIDの黒幕に妨害されるという事態が、同じ韓国を舞台に展開されているのも、〝因果はめぐる小車〟であろうか。

治安当局の情報はいう。

「韓国政界のナンバー・ツーであり、〝黒幕〟でもある金鐘泌(キム・ジョンビル)氏が、まだ失脚前のこと。来日のさいに、日本政界の〝黒幕〟といわれ、右翼の巨頭と称せられる児玉誉士夫氏と会見し、日韓交渉の推進と、そのための右翼の決起とを要望したという。そして、その資金は? という質問に対して、金氏は、八億ドルにのぼる対韓協力のリベートを流す旨、答えたというんだ」

「フーン。それで児玉氏は?」

「そこで、日本中の右翼、暴力団の大同団結をと、児玉氏は檄を飛ばしたのだ。もちろん、金氏とは親しい元東声会の大親分、町井久之こと鄭建永氏も、児玉先生という仲だから、双手をあげて賛成した」

「で、どうなった?」

「ところが、西日本を握る山口組、田岡親分が、この檄に応じない。…で、遂に〝右翼・暴力団〟の大同団結はならなかったのだ」

「それが、例の〝関東会〟なのか?」

「そうだよ。本来は某一流紙の記者の紹介で相識った、金・児玉会談で、日韓両国の民間反共組織として、『東亜同志会』をつくろうとしたのだ。この資金には、児玉氏が韓国ノリのリベートをあてると演説している」

「山口組が参加しなかったので、東亜同志会が流れて、関東会になったというわけだ」

私は、係官と別れて、現場の商社筋を調べだした。某社の幹部はこういう。

黒幕・政商たち p.046-047 〝政商〟の暗躍する余地がある

黒幕・政商たち p.046-047 ハゲタカのように、援助や協力の美名のもとに「国際利権」に喰いついていた政治家、実業人、ギャング、そしてその他の職業の著名な人物たち
黒幕・政商たち p.046-047 ハゲタカのように、援助や協力の美名のもとに「国際利権」に喰いついていた政治家、実業人、ギャング、そしてその他の職業の著名な人物たち

「山口組が参加しなかったので、東亜同志会が流れて、関東会になったというわけだ」

私は、係官と別れて、現場の商社筋を調べだした。某社の幹部はこういう。

「発展途上国(前出『経済協力』白書の言葉)の貿易は、仲々むずかしいンです。当該政府関係へのコミッションなど、二割ほども乗せさせられるのが、常識だったりして……。そこに〝政商〟の暗躍する余地があるンですよ。もしも、その政権が倒れて、反対党が握った場合、『あの商社はこんな高いものを売りつけた』と、ニラまれる恐れがある。コマーシャル・プライスは一億円で、我が社は立派な商売をしていても、相手国には一億二千万円の、ポリティカル・プライスの書類という証拠が残っているンです」

東棉の裁判が進行し、三井物産の建設がはじまれば、やがて事態は明らかにされてゆくであろう。

日米韓三国の〝政商〟をはじめとして、ハゲタカのように、援助や協力の美名のもとに「国際利権」に喰いついていた政治家、実業人、ギャング、そしてその他の職業の著名な人物たちの〝醜状〟が——。

第3章 〝タバコ〟そのボロイ儲け

昭和四十三年。十月八日付毎日新聞朝刊=阪田泰二氏(前日本専売公社総裁)七日午後八時二十分、肝性こん睡のため、東京千代田区駿河台の杏雲堂病院で死去。五十八歳。

昭和六年東大法卒、大蔵省にはいり、同二十四年東京国税局長、同二十八年理財局長、同三十六年日本専売公社総裁となり、四十年七月の参院選挙のさい、小林章議員派の公社ぐるみの違反で、同年十月引責辞任した。

黒幕・政商たち p.048-049 葉たばこのリベートが河野の利権

黒幕・政商たち p.048-049 河野の強引な資金造りについては、警察では相当の情報を握っていたのだが、その御馬前で〝討死〟したのが、自分たちの先輩平井学であったからだ。
黒幕・政商たち p.048-049 河野の強引な資金造りについては、警察では相当の情報を握っていたのだが、その御馬前で〝討死〟したのが、自分たちの先輩平井学であったからだ。

〝中毒患者〟の実力者

フィリピンからの密使

ある警察の高官が、座談の中でこうもらした。「河野一郎の〝遺産〟を佐藤栄作に〝相続〟させてやらねばとその男はいうンです。思わず、エ? とききかえすと、タバコですよ。葉たばこのリベートが河野の利権だったことは、御存知でしょうが……と、いうンです。この男が、〝怪人物〟でしてネ」

彼は、そこで言葉を切って、心持ち肩をすくめてみせた。海外勤務の名残りであろうか。警察で外務事務官に出向して、海外へ出るのは、エリートに限られている。

三十八年の総選挙にからんで、「平井学事件」というのがあった。

警視庁総務部長から、河野一郎に招かれて、建設省へ転じ、官房長にまで進んだ内務官僚のホープだった人。これが同じ内務官僚の先輩で、大阪府警本部長から建設省入りをし、河野派として三重一区から出馬した、山本幸雄自民党代議士のために、建設省出入りの橋梁業者たちから、運動資金六百三十万円を集めたという事件を起した。

当時、「河野は平井まで射落したのか」と、その建設省入りは、内務官僚たちに大ショックを与えたものだったが、この事件となるに及んで、その反応はさまざまであった。というのは、河野の強引な資金造りについては、警察では相当の情報を握っていたのだが、その御馬前で〝討死〟したのが、清廉潔白をもって鳴っていた自分たちの先輩平井学であったからだ。

「真偽のほどは判らないですよ」と、念を押す、その某高官の話は、平井学事件が生々しいだけに、河野一郎の名前が出ると肩がすぼまるのであろうか。こうして、ヴァージニア葉にまつわる、〝黒い疑惑〟を求めての、私の取材が始められたのであった。まだ、夏の日が、霞ヶ関の官庁街に、明るく輝いているころのことだった。

某高官が、私に与えてくれたヒントは葉たばこの輸入に関しては、何等かの形でリベートが動いているらしいこと。そして、その問題で動いている〝怪人物〟は、通称コバケンなる右翼系の人物——この二点でしかなかった。

まず、右翼系のスジで、〝コバケン〟なる人物の該当者を求める一方、通産、農林、大蔵の各省方面で、タバコに関する資料を漁りはじめた。その結果、明らかになってきたことは、タバコの買付、輸入に関しては、極めて〝情状〟が入りこみ易い仕組みであり、金額が莫大なので数字の上で確たる証拠をつかみ難いこと、そしてさらに、小林派選挙違反事件と同じく〝専売一家〟の厚いカベがあることを思い知らされた。だが、米葉の輸入に関しては、確かに、

〝黒いニオイ〟が臭うのである。

黒幕・政商たち p.050-051 マカパカル大統領の〝密使〟

黒幕・政商たち p.050-051 もう一つの手土産は、K・Tのイニシアルが彫りこまれた大きな葉巻箱。そして、最高級のハンドメイド・シガーの一本一本に「カクエイ・タナカ」のネームが入っていた。
黒幕・政商たち p.050-051 もう一つの手土産は、K・Tのイニシアルが彫りこまれた大きな葉巻箱。そして、最高級のハンドメイド・シガーの一本一本に「カクエイ・タナカ」のネームが入っていた。

まず、右翼系のスジで、〝コバケン〟なる人物の該当者を求める一方、通産、農林、大蔵の各省方面で、タバコに関する資料を漁りはじめた。その結果、明らかになってきたことは、タバコの買付、輸入に関しては、極めて〝情状〟が入りこみ易い仕組みであり、金額が莫大なので数字の上で確たる証拠をつかみ難いこと、そしてさらに、小林派選挙違反事件と同じく〝専売一家〟の厚いカベがあることを思い知らされた。だが、米葉の輸入に関しては、確かに、

〝黒いニオイ〟が臭うのである。

その元兇は誰か? 時の政府か? はたまた実力者か? 専売一家のカベは厚く、短かい期間と個人の取材とでは、その向う側まで見透すことは不可能であった。が、この短かいレポートで、今まであまり注目されなかった葉たばこ輸入の問題点だけでも指摘してみよう。

フィリピンは北ルソン島。ここは、アメリカのノース・カロライナと同じようにヴァージニア葉の栽培地である。そして、この地方一帯を選挙地盤としているのが、マカパカル大統領の対立候補のマルコス上院議長である。

フィリピンには、二選大統領が出ないというジンクスがある。そして、マカパカル大統領もまた、このジンクスを破れず、さる四十年十一月九日の改選でマルコス上院議長に敗れてしまった。

選挙戦のスタートした四十年はじめから、運動のイザコザで殺された者二十九名というから、その興奮ぶりも判ろう。そして、終盤戦に入った夏のころ、中年のフィリピン女性が一人、羽田に降り立って銀座の東急ホテルに投宿した。ミス・コーラー、三十六才。宿帳にはそう記入されたが、この目立たない外人客こそ、実はマカパカル大統領の〝密使〟だったのである。

大統領夫人の従妹と称される彼女の使命は、莫大な選挙資金の調達であった。その材料はいうまでもなく、フィリピン政府の倉庫にある、葉たばこ。これはマルコス派の地盤である、タ

バコ耕作者たちを切崩し得る、一石二鳥の妙手であった。つまり、日本がフィリピンのヴァージニア葉を大量に買付ければ、ルソン島のタバコニスト(耕作者)たちも潤うからである。

そして彼女が、大統領から与えられてきた〝手土産〟は、再選政権のもとでの日比通商航海条約の批准であった。この条約は、マグサイサイ大統領時代に調印されながら、日本側は批准を終えたのに対し、比側は批准できず、もう十年近くも、タナざらしになっているのであった。

忘れてはいけない。もう一つの手土産は、K・Tのイニシアルが彫りこまれた大きな葉巻箱。そして、最高級のハンドメイド・シガーの一本一本に「カクエイ・タナカ」のネームが入っていた。この南国的な独身女性の〝大統領の密使〟は、カクエイ・タナカこそが、アメリカ葉の〝中毒患者〟ではない、唯一人の〝実力者〟と信じているようだった。

専売公社編のたばこ年代記によると、一五四九年スペインの宣教師ザビエルの一行が鹿児島に上陸、日本人がはじめて喫煙の風習をみてから、ほぼ半世紀を経て、一六〇五年、日本全国にタバコが流行するにいたった。明治二年、東京の土田安五郎が、たばこ製造を志してから十七年を経て、明治十九年、千葉商会が口付紙巻の牡丹たばこ、岩田商会が天狗たばこを売り出し、その五年後に、京都の村井商会が両切のサンライズを出した。

明治三十一年に、葉たばこ専売法、同三十七年に、たばこ専売法が実施になって、生産から

販売まで専売制になった。大蔵省専売局が、日本専売公社になったのは、昭和二十四年であった。

どうして、こんな年代記にふれたかというと、民営たばこが専売に切りかえられた、〝家庭の事情〟が、一世紀になんなんとする今日まで、尾を引いているからである。

黒幕・政商たち p.052-053 ワン・フロアー・カンパニー

黒幕・政商たち p.052-053 タバコにおける因縁と歴史と実績と情実とにより、かつ、専売公社幹部OBを役員に加えていることで、完全に「利権化」していることが明らかである。
黒幕・政商たち p.052-053 タバコにおける因縁と歴史と実績と情実とにより、かつ、専売公社幹部OBを役員に加えていることで、完全に「利権化」していることが明らかである。

明治三十一年に、葉たばこ専売法、同三十七年に、たばこ専売法が実施になって、生産から

販売まで専売制になった。大蔵省専売局が、日本専売公社になったのは、昭和二十四年であった。

どうして、こんな年代記にふれたかというと、民営たばこが専売に切りかえられた、〝家庭の事情〟が、一世紀になんなんとする今日まで、尾を引いているからである。

公社幹部OBの会

大蔵省統計(通関実績)によると、昭和二十五年に、僅か三十万キロだけが輸入された米葉は翌二十六年の一九九万キロから、次第に量を増し、三十年に五九二万キロ、三十一、二、三年は減って、三十四年に五五〇万キロにもどり、以後は増加の一途をたどり、三十九年度は、一五〇六万キロにも上っている。

この米葉に比し、他の諸国はホンの一握り、多くて一〇〇万キロ前後、ほとんどが十万キロ単位の葉たばこ輸入量である。そして、これらの小量輸入国の、輸入業務はいわば自由竸争であるが(エキストラという)、米葉はレギュラー買付けで、商社は十五社に限られている。

この十五社で、日本米葉協会なるものが組織され、会長に石田吉男前公社副総裁が就任しているが、三井物産、三菱商事、大倉商事、三洋貿易の他は、専業十社といわれる米葉輸入だけを業とする、ワン・フロアー・カンパニーである。

三十九年度のアメリカからのタバコ輸入量は、葉たばこの百億四千万円を含んで、総計百二十一億一千三百六万二千円であるが、これを十五社で分配しており、他の如何なる大商社も小商社も割りこめないという訳である。

この専業十社は、またさらに七葉会という団体があり(このうち一社は、業界筋の話によれば、何かマズイことがあって、専売公社に登録を取消され、米葉協会にも加っていない、という。従って、七葉会の六社と他に四社になる)、これらは、昔の民営時代からの、タバコにおける因縁と歴史と実績と情実とにより、かつ、専売公社幹部OBを役員に加えていることで、完全に「利権化」していることが明らかである。

なお、公社幹部OB会である、清交会名簿の職業欄をみると、石田米葉協会長の三洋貿易と三井物産一名を除き、専業十社の社名が記載されている者は、七社九名にも及んでいる。登記謄本を調べれば、その数はもっと増すであろう。また同名簿によると、六名の国会議員がおり、例の小林章議員の職業欄は、皮肉にも空欄になっているので、これを加えると七名になる。

何故、この十五社しか、米葉の輸入を扱えないのであろうか。公社外国部の外国課友成課長補佐は、「公社は製造たばこの品質、味を一定にするため、アメリカのディーラーを指名しており、この十五社は、アメリカのディーラーの代理店であるからだ」と、説明する。

米葉協会加盟十五社以外は米葉輸入ができないということは、十分に独禁法違反の疑いがあ

るのだが、それを米ディーラーの代理店という形でカバーしており、専業十社のうちでも、それを肯定している社もある。

黒幕・政商たち p.054-055 友成課長補佐は「失念した」と

黒幕・政商たち p.054-055 各社の商売のウマ味とその儲け、さらには、予想されるリべートの額などは、全くの手がかりすらつかめないのであった。〝専売一家のカべ〟である。
黒幕・政商たち p.054-055 各社の商売のウマ味とその儲け、さらには、予想されるリべートの額などは、全くの手がかりすらつかめないのであった。〝専売一家のカべ〟である。

米葉協会加盟十五社以外は米葉輸入ができないということは、十分に独禁法違反の疑いがあ

るのだが、それを米ディーラーの代理店という形でカバーしており、専業十社のうちでも、それを肯定している社もある。

さらにまた、友成課長代理は「専業十社というのは良く知らないが、明治時代の岩谷の〝天狗たばこ〟以来の実績商社だときいており、そのたばこ民営時代からの貢献度で、公社が認めたといわれているが、伝聞だから責任はもてない」とも洩らしている。

私が調査してみると「専業十社」の中に、さらに「七葉会」なる組織があり、いずれも米葉輸入のみに依存している商社であった。公社は米国ノース・カロライナ州ラーレイに買付事務所を設けているが、公社の買付値、米葉協会商社(シッパー)の輸入値、公社の買上値と、米葉輸入をめぐる疑問(注、政治資金とのつながり)を解くべき数字は、関係者のいずれもが明らかにしようとしない。

公社(JMC)は、シッパーであるアメリカのディーラーと契約を結ぶ。その間に、インポーターであるエージェントの日本商社が、JMCから受けるマージンは、友成課長補佐は「失念した」というが、〇・五%にすぎない。しかし、インポーターがシッパーから受け取るマージンは、二~三%といわれるが、専業十社筋では、「数字は公社のインフォメーションを通して受取ってほしい。私たちが明らかにすると、公社のお叱りを受ける。友成氏が忘れたというのなら、私も忘れた」と、一切を明らかにはしないのである。

前述の数字は、米葉協会加盟外の商社筋の観測だが、同筋では米葉以外では、「葉たばこの輸入は、それほどウマイ商売ではないが、製造たばこの規格が、国会の議決で決るのだから、一度使用された葉は、一定量は毎年安定した数字の商売として輸入できる点が取り得だ」という。では、何故、米葉はウマイ商売なのだろうか。第一には、まず量が極めて多いということである。第二には、業者が指名登録によって、レギュラー買付だけなので、固定した利権と化しているからである。従って、社員も少数、事務所も小さく、但し、公社の〝外郭団体〟として、役員は多いが、これは止むを得ないことだ。ワン・フロアー・カンパニーと称される所以でもある。

〝専売一家〟の厚い壁

では、十五社の何処が、幾らで、何をどの位輸入しているか? という点になると、通産省の極秘公文書である「輸入インボイス」の数字を取らなければならない。業者が「数字は公社で……」と、伏せて、公社がトボけてしまう現状では大蔵省統計の通関実績表の合計数字しかなく、各社の商売のウマ味とその儲け、さらには、予想されるリべートの額などは、全くの手がかりすらつかめないのであった。〝専売一家のカべ〟である。

どうして、リベートが予想されるかというと、〝大統領の密使〟ミス・コーラーに続いて、

マカパカル派の上院議員、ミスター・デュモンが飛んできて、ホテル・ニューオータニに陣取り、具体的に数字をあげて、フィリピン・ヴァージニア葉の売り込み工作を積極的に展開したからであった。

黒幕・政商たち p.056-057 関係者たちのフトコロに入る

黒幕・政商たち p.056-057 もっと平たくいえば、この、円の二〇〇円は、日本側の工作資金、政治資金にして、どうぞ御自由にお使い下さい、という内容を示してきたのである。
黒幕・政商たち p.056-057 もっと平たくいえば、この、円の二〇〇円は、日本側の工作資金、政治資金にして、どうぞ御自由にお使い下さい、という内容を示してきたのである。

どうして、リベートが予想されるかというと、〝大統領の密使〟ミス・コーラーに続いて、

マカパカル派の上院議員、ミスター・デュモンが飛んできて、ホテル・ニュー・オータニに陣取り、具体的に数字をあげて、フィリピン・ヴァージニア葉の売り込み工作を積極的に展開したからであった。

それによると、米葉は一口にいって、キロ当り八〇〇円(昨年度通関実績の千五百六万キロでみると、七百三十二円強である)だが、フィリピンはキロ四〇〇円という半値だ。しかも、そのまた半分の二〇〇円をドルで支払ってもらいたい。残り二〇〇円は円で、日本物資の買付けにあてるということ。もっと平たくいえば、この、円の二〇〇円は、日本側の工作資金、政治資金にして、どうぞ御自由にお使い下さい、という内容を示してきたのである。

この数字を実際の数字にあてはめてみると、フィリピンからは三十八、九両年度は葉たばこの輸入がないので、三十七年度二万一千キロで六百十七万九千円、キロ当り二百九十四円、四十年度(八月まで)五万四千百六十キロで一千七百三十九万三千円、キロ当り三百二十二円。四十年度の米葉七百五十二円に比べ、四割三分に当るから、半値のキロ四百円というのは、まずはマットウな数字ではある。しかし、そのまた半分は、日本側にリベートするというのだから、葉たばこ商売の実態が、この辺で大よそつかめようというものである。

事実、ノース・カロライナのあるタバコニストは、マニラにも傍系会社をもっている。もともとフィリピンのヴァージニアはその名の示す通り、ヴァージニアの葉たばこを移植したもの

である。アメリカのタバコニストが、フィリピンで同じ商売をしていることに、何の不思議もないし、商習慣も同じとみるべきであろう。つまり、米葉のキロ当り八〇〇円という数字は、どの程度の、必要経費を含んだ数字であるかということである。

もし、この〝大統領〟の示す条件で、米葉の全量を比島に切替えたとしたら(製造たばこの味など無視した上で)、三十九年度の千五百六万キロだから、ドルを四分の一に節約できた上に、三十億一千二百万円のリべートが関係者たちのフトコロに入る勘定になる。その上、通商条約の批准も行なわれるという次第だ。

これは決して荒唐無稽な笑い話ではない。葉たばこは、農作物であるから、アメリカ政府は農民保護のため、余剰農産物として、葉たばこをも価格調整のために買い上げたのちに、安く放出するのである。業界筋の情報によると、この安い政府放出の葉たばこを抱えた、オースチンというディーラーが、三十八年に日本でしきりに暗躍していたと伝えている。そして、三十九年の通関実績は、前年を三十万キロもオーバーしているのである。これらのナゾを解いてくれるものは、通産省にある輸入インボイスの商社別の数字だけである。