M・千里(ちさと)という、若い美人の弁護士もいた。銀座の教文館ビルに、事務所を構えた人物のところで、イソ弁(居候弁護士の略で、自分の独立事務所を持っていない)をしていた。独身であ
った。
彼女の〝客〟のほとんどが、〝東京租界〟人であった。そして、私の有力な情報源であった。もちろん、彼女は、自分の担当事件の話を洩らすのではない。
すでに、司法記者クラブ一年の経験を持っていた私の質問は、弁護士法スレスレの角度から、彼女に向かって放たれていた。やはり租界の実情に通じているだけに、被占領国人としての義憤を感じていた彼女は、私に、多くのサゼッションを与えてくれた。もはや、女性弁護士と新聞記者の関係から、親しい友人であった。
…その彼女は、サヨナラも告げずに、私の前から姿を消した。弁護士会を退会して、彼女の依頼人だった、近く米国籍を取れる無国籍人と結婚し、海外へ旅立っていった。長身で美貌なだけに、打ちひしがれた日本人には、伴侶を見出せなかった、のかも知れない。
人品いやしからぬ、日本人の老紳士の訪問も受けた。アメリカのヤミ会社の顧問だ、というのだ。調査をやめてくれという。
「何分ともよろしく。これは、アノ……」
さし出したその封筒には、現金が入っている。相手の目の前で、その封筒を破いて、現ナマを取り出し、一枚、二枚と数えてやる。
「ナルホド五万円。これで、あなたは、読売記者の〝良心〟を買いたい、とおっしゃるのですか。残
念ながら御期待にそえませんナ」
皮肉な言葉と表情で、相手のろうばい振りを見つめてやるのだ。
日本の弁護士から電話がくる。何時にアメリカン・クラブで会いたいという。出かけてゆくと……。
「フーン。若いナ。君は去年あたりの卒業生かね。ソラ、何といったかネ、編集局長は? ウン、そうそう、小島君。彼は元気にやっとるかネ」
社の幹部を、親し気にクン付けで呼ぶ種類の人たち。このような人には、こちらもインギンブレイで答える。誘惑と恫喝と取材の困難。
「お断わりしておきますが、私はあと一カ月で、アメリカ合衆国市民の権利を、獲得するということに御注意を願いたい」
彼は、無国籍の砂糖の脱税屋である。本人はシベリア生まれ、妻はハルビン生まれ、息子は上海生まれという、家族の系譜が、彼を物語る。
「御参考までに、申し上げますが、私は東京ライオンズ・クラブという、アメリカ実業人の社会慈善団体の幹部です。これをお忘れなく」
彼は時計の密輸屋である。そして、彼もハルビン生まれで、妻は天津ときている。
私と牧野拓司とのコンビで、取材は進行した。不良外人のアクラツな手口と、経歴と、犯罪事実や
不法行為のメモが、つづられていた。取締当局の係官も、かげから取材に協力してくれた。