雑誌『キング』」タグアーカイブ

雑誌『キング』p.133下段 幻兵団の全貌 写真・引揚げたハルビンのダンサー

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.133 下段 写真・ダンサー
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.133 下段 写真・ダンサー

(写真キャプション:中共治下享楽追放で引揚げたダンサー、混血のマタハリもいる?)

雑誌『キング』p.133上・中段左 幻兵団の全貌 写真・銀座通り

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.133 上段・中段 写真・銀座通り
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.133 上段・中段 写真・銀座通り

(写真キャプション:スパイ団の連絡場所があるといわれる銀座通り)

雑誌『キング』p.133上・中段 幻兵団の全貌 「事業は成功していますか?」

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.133 上段・中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.133 上段・中段

いますか?』

『エ、エ?』

彼は、恐怖と驚きと怒りとの交錯した、怯えたような叫びをもらした——そこで、私は静かに記者の名刺をさし出したのだった。

私が新聞記者であり、新聞が〝幻兵団〟を

とりあげるために、自分の告白を聞きにきた、という来意を知った時、彼の態度は再び一変した。対談一時間余り、彼は徹頭徹尾、私の話を全面的に否定し続けた。最後には面会の打ち切りをいいだしてきた——一面識もなく突然たずねてきた男、それも新聞記者であってみれば、ど

雑誌『キング』p.132下段 幻兵団の全貌 与えられた合言葉は

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.132 下段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.132 下段

その男は、私と同じように注意深く、しかも疑わしそうに、さらに反問する。私は新聞記者と名乗る前に、彼に与えられたはずの、合言葉を使ってみて、彼の反応をみなければいけない。とっさに私は、彼がさきごろ✕✕✕の用事と称して上京したことを思い浮かべた。✕✕✕というのは、東京霞ヶ関付近のある役所の名前だ。彼が歳末の忙しい時に、そこの用事のために、日帰りでも行かねばならないというからには、必ず何か関係があるに違いなかった。マサカ、私の知らない合言葉ではあるまい。それとも、連絡場所かな?

『アノウ、実は✕✕✕の……』

語尾は不明瞭にニゴしてしまう。反応は!?

『アア、そうですか。どうぞこちらへ』

果たして、彼の疑い深い慎重な態度は一変してしまい、心安く応接室に招じ入れてくれた。✕✕✕の誰ともいわず、もちろん私の名前も告げないのに、✕✕✕だけでこのように態度が変わるのは、やはり合言葉だろうか。

やがて彼(G氏)は、ベニヤ板一枚の仕切りをあけて現れた。歳末の挨拶ののちに、私はそのまま名前を名のらず、〝駒場〟に与えられたはずの合言葉を、反応試験の切り札として投げつけた。

『ときにどうです……あなたの事業は成功して

雑誌『キング』p.132中段 幻兵団の全貌 G氏に直接ぶつかる

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.132 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.132 中段

と県庁所在地をはじめ数市しかない。まず、それらの各支局にロ、ハ、ニ、ヘ、トの五条件該当者の調査を依頼した。しかし目的を明かさなかったためか、似かよった報告は数件きたが、どうも思わしくない。職業と居住地に対するカンから、私は小都市の○○市と判断して、出張してみた。居た! すべての条件に該当するG氏を、ついに発見した。

G氏の身辺調査をはじめる。彼は自宅に遊びにきた知人に、『私はこの間、✕✕✕に用事があって、商用もかねて日帰りで上京してきました』と、話のついでに自ら語ったことが判明、商大卒の学歴、政党、思想的関係は表面上なし、父親との折り合い悪し、など分かる。

私はついに直接ぶつかる決心をする。

『Gさんにお眼にかかりたいのですが』

小さな事務室では、二人の男が現金の計算をしており、女の子の給仕が一人いた。私は正面のG氏とおぼしき男に向かって口を切った。

『どちらさんでしょうか?』

その男は、自分はGである、と名乗る前に、アリアリと警戒の色を浮かべて、そう反問してきた。この男こそG氏だ、と直感して、私は注意深く相手の表情や態度を見守りながら続ける。

『東京から参った者ですが』

『どなたの御紹介でしょうか?』

雑誌『キング』p.132上段 幻兵団の全貌 資産と社会的地位あり

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.132 上段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.132 上段

〝まぼろしのような兵団〟の幻のヴェールを、一枚ずつ紙面の上でハギ取ってみて、引揚者たちの悩んでいることが、果たして〝幻影〟かどうかを確かめよう。これが読売の〝幻兵団〟と名付けた、紙面効果の狙いだった。そして、八回にわたって、ハギ取られ、ヒンむかれた幻のヴェール。そのかげから現れてきた正体は?——その返事に、『新聞記者のメモ』をのぞいてみよう。

(一) ホンボシ会見記

ホンボシというのは、ホントのホシ(犯人)で、真犯人という言葉だ。私が知っている何人かの〝幻兵団〟のうち、一番面白かったG氏との会見の模様を述べよう。

イ、偽名 駒場 某
ロ、抑留地区 西シベリア○○○○○
ハ、復員年月日 二十三年九月○○日
ニ、年齢 四十歳前後
ホ、居住地 ○○近県
ヘ、家庭の状況 資産と社会的地位あり
ト、職業 ○○○と旅館経営

この七つの条件を備えた〝幻兵団〟は、すでに一仕事を果たしているという。

『ヨシ、この男を探し出そう』私は考えた。職業から判断して都市居住者だ。居住地からいう

雑誌『キング』p.131左中・下段 幻兵団の全貌 新聞記者のメモ

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.131 中段・下段 五、新聞記者のメモ
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.131 中段・下段 五、新聞記者のメモ

五、新聞記者のメモ

読売新聞は、ソ連帰還者で組織されたこのスパイ団を、ジャーナリスティックに〝幻兵団〟と名付けた。この厖大な組織は、〝幻〟のようにボーッとしていたし、組織のメムバーの数が

何千名というので〝兵団〟というのがふさわしかったわけだ。そしてまた、誓約書の恐怖におびえていることが、気の弱い引揚者の〝幻影〟にすぎないのかも知れなかった。ともかくも、この

雑誌『キング』p.131下段 幻兵団の全貌 私は狙われている

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.131 下段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.131 下段

う事件があったではありませんか』

事実、さる二月二十四日、秋田県仙北郡金澤西根村農業熊常久之助さん弟、千葉久太郎(三五)さんが、東京で誓を破って帰郷直後、『私は誰かに狙われている。誰か訪問客がなかったか』などと口走っていたが、ついに夜九時半ごろ自宅物置で首をくくって、自殺をとげてしまった、という事件も起きている。

筆者の手許には、二百名近いⒷの誓約書の人たちの名簿が作られている。彼らの職業を拾ってみれば、うなずけることも多いだろう。

曰く。食品会社員、逓信職員、鉄道職員、官庁資料課長、弁護士、県牧畜課長、新聞社員、特別調達庁職員、証券会社員、経済関係官庁事務官、県水産課長、百貨店経営、教員。

事件はまだ進展中であり、微妙な関係もあって、現況に関する資料のほとんどを、伏せざるを得ないのは、筆者の遺憾とする所である。

雑誌『キング』p.131中段 幻兵団の全貌 誓を破った男

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.131 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.131 中段

『とんでもないことです。初耳です。人違いでしょう』と。だが、彼らの行動には疑惑につつまれたナゾがある。

Ⓑのスパイたち。その一人はいう。『合言葉がささやかれるのは、もう少し近い将来、米ソの関係がもっと緊迫してからでしょう』と。また一人はいう。『合言葉の男は、もう日本中を飛び廻っていますよ。そして、スパイたちは一生懸命の活躍をしているんです』と。その男は声をひそめて続けた。『何故なら、私の所に来ないからです。私は暗い〝かげ〟を背負った生活に堪えられなくなり、当局の保護を願って誓を破ったのです。不思議に、奴らにはそれが分かるのです。そして裏切り者は、チャンと選り分けて、合言葉をささやこうとしないのです。第一、つい最近関西方面で、東京で誓を破った男が帰郷の途中に、二人の暴漢に襲われて〝お前はシャべってしまったナ〟と散々な暴行をうけたとい

雑誌『キング』p.131上段 幻兵団の全貌 スパイ誓約者は3種

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.131 上段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.131 上段

てしまうのだった。

3 現況

だが果たして不気味な合言葉は、すでに東京においてささやかれているのだろうか。筆者は『然り』と答えたい。

だが、誓約書を書いた数万にのぼる人たちの、すべてが組織されているのではない。スパイとなるという誓約書を書いた人たちを分類すると、三種に分かたれる。

その一は、日本の共産革命に協力するという意気込みで、欣然として署名した人々。

その二は、生きて帰るためなら、どんなことでもしようと、軽く引き受けてしまった人たち。だが、この種の人は、船がナホトカの岸壁を離れると同時に、一切は御破算だといって笑っている。

その三は、みてきたソ連の現実から、その誓約書に暗い運命を感じて、ひとりおそれ、ひとり悩み、ひとり苦しんでいる不幸な群れである。彼らは、誓約書に明示された破約の報いに、生命の危険をも感じている。このような人々が、Ⓑスパイたちの八割は占めている。

欣然と働いている『ソ連スパイ』たちの数は、誓約書の約一割、日本国中で千をはるかに越えるだろう。彼らは異口同音に、筆者に答える。

雑誌『キング』p.130下段 幻兵団の全貌 看護婦がスパイ連絡担当

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.130 下段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.130 下段

れた情報の範囲は、

①米軍の装備、施設、能力
②対日管理の実情
③政党の動き、特に共産党の動向
④経済事情、米国への国民感情

など、極めて広範囲にわたっている。

また、ナホトカ——舞鶴間の直接連絡については、引揚船乗組の看護婦が、連絡を担当していたことも相次いで判明した。この事件はナホトカから乗船したスパイ団員が、かねて指示された通り、船中にて連絡すべき〇〇ミヨ子看護婦(特に名を秘す)を、間違えて〇〇ミエ子看護婦(特に名を秘す)と思いこんで、ミエ子に連絡をしてしまった。ビックリしたミエ子は、直ちにその旨を当局に報告したので、当局が調査した結果、ミヨ子の間違いだったと分かり、ミヨ子を取押えようとしたが、すでに下船、逃亡した後であった。ミヨ子の実家所在地も架空で、ミヨ子の消息はその後不明となってしまった。

このようにして、このスパイ団の、日本における組織は、次第に明らかとなってきた。東京における連絡所も、銀座裏、四丁目から新橋にいたる通りの、数寄屋橋より一番通りにあるという。それを裏付けるかのように、この人こそⒷスパイに違いないという、某出版社員を尾行してみると、銀座裏のその付近で、いつもマカレ

雑誌『キング』p.130中段 幻兵団の全貌 水晶島、ソ連船、日共…

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.130 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.130 中段

えてから、帰国に際し与えられた四つの連絡ルートが明らかとなった。

①北海道根室港付近沖のソ連領水晶島に、密漁を装って近づき、赤旗を掲げてソ連監視員に合図し、情報書を渡す。

②新潟港と北海道間を航行している日本漁船、○○丸、○○丸、○○○丸、○○丸の四船は、ソ連の協力船であるからこれを発見せよ、同船は船名を変えることもあるが、常に船内に黒地か赤地の旗を掲げ、旗面には丸が二つ描かれている。(寸法不明)

③北鮮の元山、羅津から、ソ連監視船が、毎月一、二、三日および十五日と、月末の数回に、日本内地方面へ出航するから、小型漁船にのりこみ、ウラジオストックを弧の中心として描いた三十九度線付近の円周に接触する、能登半島——佐渡間の海上で、早朝四時にこの船と連絡せよ。(このさいは、モスクワ放送の天気予報を聞くこと。荒天なれば出航せず)

④日本共産党員の誰にでもよいから、封書の表書に『ソ同盟、——市、リラノフ中尉殿』と書き、裏に『民主グループY』と書いて渡せ。

同氏は、さきにのべたごとき偽装——、肺病と称して一人だけ先に帰還したものだが、命令さ

雑誌『キング』p.130上段 幻兵団の全貌 小針延次郎が受けた命令

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.130 上段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.130 上段

小針延次郎氏は帰国に際して、誓約書とは別に、十カ条に及ぶ具体的な命令をもらっている。これは同氏ほか三名の人が、ナホトカで二十二年三月中旬ごろ、政治部員グルフニー中尉から、日本帰還後の具体的活動を示されたものである。

①日本へ帰ったなら、引揚者間の連絡をとるべし。
②東京に連絡所を設け、責任者をきめ、つねに名簿を整理しおくべし。
③米軍がどのような調べをしたか、記しおくべし。
④米軍の進駐政策をつねに注意すべし。
⑤徳田球一氏との連絡を保つべし。
⑥ナホトカで結成した県人会を中心に、民主グループの団結をはかるべし。
⑦引揚者の政治結社は、進駐軍が許さぬから十分警戒すべし。
⑧グループの責任者は全国の同志と連絡すべし。
⑨ソ連の兄弟と手を握り、反動政権と闘争すべし。
⑩あらゆる民主団体と協力、働く者の日本建設に努力すべし。

また一方、裏日本某県の某氏(元軍曹、二十三年五月復員)が、三カ月間のスパイ教育を終

雑誌『キング』p.129下段 幻兵団の全貌 人民裁判で逆送のはずが

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.129 下段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.129 下段

にしていなければならない。

つまり、二十三年まで(共産党演出するところの〝代々木詣り〟——復員者の共産党本部集団訪問のこと——が、この年の六月四日からはじめられた)の引揚者で、前職者でありながら、あるいは法務官であるとか、反ソ分子、惨虐行為者など、ナホトカ民主グループに〝人民裁判〟にかけられたりして、当然再び逆送されるべき人間で、まともに乗船して帰ってきたものは、一応Ⓑ要員であると考えてもよいことになる。すなわち、早く帰れないはずなのに、早く帰ってきている者は、おかしいわけである。また、帰還者名簿を眺めて、抑留地区がただ一人違う者なぞも、そうである。

これは余談であるが、吉村隊長はナホトカで罪状を認めたというのに、隊員と同じ船で帰ってきていることもうなずけない。人民裁判事件で、多数の逆送を認めた津村謙二氏が、吉村隊長を吊るしあげておきながら、そのまま帰したということが、腑に落ちない。筆者は吉村隊長にその旨を質したところ、彼も『私自身何故すぐ乗船できたか分からない』と答えているが、この裏面には何らかの問題が、伏在しているに違いない。

2 連絡と組織

雑誌『キング』p.129中段 幻兵団の全貌 コバレンコと親しい中佐

雑誌『キング』昭和25年5月号 p.129 中段
雑誌『キング』昭和25年5月号 p.129 中段

て帰すということだ。二十三年の引揚げが再開されるや、一船ごとにⒷ要員を適宜に乗船せしめた。何故ならば、そのスパイの偽装が巧妙で、そうとは知らないナホトカ民主グループ員に吊るしあげられた場合、予定の乗船日を狂わせると、同地区の梯団に追いつかれて、『彼奴は偽装反動だ、オカシイ』と、化けの皮をはがされる恐れがあったのである。一人ポツンと引き抜かれて、下士官が将校となり、あるいはムシバ程度の病人が患者の群れに入り、ともかくその男の過去が分からない梯団に潜入して、しかも反動を偽装して、日本に送りこまれたのだった。

船中での吊るしあげ拒否で有名になった某中佐などは、中佐でありながらハバロフスクの将官収容所におり、しかも市内を高級車でのりまわし、日本新聞社長のコバレンコ少佐の部屋もフリーパスで、同少佐をして『日本将校中もっとも親ソ的で、もっとも有能な男』と激賞せしめたという。あの船中の吊るしあげ拒否も、後に当時の状況を調べてみると、多分にお芝居臭い点があり、アクチヴと同中佐との、馴れ合いの演出だったという。

このような偽装と、このような潜入方法でⒷスパイは、二十三年度に続々と海を渡って帰ってきた。上陸後は、もちろん反動として通して、もちろん、共産党などとは関係を一切もたないよう