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編集長ひとり語り第1回 売買勲、いまだ死なず!

編集長ひとり語り第1回 売買勲、いまだ死なず! 平成11年(1999)3月18日
編集長ひとり語り第1回 売買勲、いまだ死なず! 平成11年(1999)3月18日

■□■ 売買勳、いまだ死なず! ■□■第1回■□■  平成11年(1999)3月18日

中村正三郎法務大臣がようやく辞表を出して、この人物の正体があまねく全国民の知るところとなった。だが、どうしてこのような人物を法相に据えたのか小渕首相の人事を疑わざるを得ない。法相は首相に次ぐ序列2位の要職である。

むかし田中角栄首相の時、小宮山重四郎という郵政大臣が生まれた。彼は平和相互銀行のボス、小宮山栄吉の弟である。当時「角さんに五億円献金して大臣になった」と噂された。平和相銀はやがてツブれ、住友銀行に吸収されたが、当時の総務部長(故人)が、私に「あの五億円は銀行の金を持ち出したものだ」と語ったのをメモしていた。

やがて平和相銀の「金屏風事件」というのが表面化し、竹下首相の青木秘書が地検特捜部の追及に出頭予定日前夜に自殺して果てた。このときの不明分のうち30億円は竹下から中曽根首相の禅譲代として献金されたといわれている。郵政大臣が5億円なら、総理大臣なら30億円というのはうなずける金額である。

さて、あのようにオソマツな法務大臣が出現してみると中村正三郎が大金持ちなだけに派閥会長の三塚博と小渕首相の双方に、億単位の献金があったのではないかと邪推したくなる。中村スキャンダルが内部告発としか思えないものばかりだから法務官僚たちがサシたとも考えられるが、そのような人物を金持ちだからといって法相に据えるほうが怪しい。

自民党もいつまでもこんなことを繰り返していてはどうしようもない。第一この時代に、いまだに「大臣」とはナンだ? 国民の公僕である政府の長が、“大臣”とは時代錯誤もはなはだしい。行政改革で省名を変える機会に、大臣の呼称も廃止すべきだ。そうでなければ、“大臣病患者”が金で買いたがるばかりではないか!  平成11年(1999)3月18日

編集長ひとり語り第8回 政治屋悪くしてすべて悪し

編集長ひとり語り第8回 政治屋悪くしてすべて悪し 平成11年(1999)4月21日 画像は三田和夫70歳(1992年)
編集長ひとり語り第8回 政治屋悪くしてすべて悪し 平成11年(1999)4月21日 画像は三田和夫70歳(1992年)

■□■政治屋悪くしてすべて悪し■□■第8回■□■ 平成11年(1999)4月21日

4月21日付朝日紙朝刊は、一面トップに「ODA債権を実質放棄、政府方針41カ国9300億円」と報じた。「26日のG7で宮沢喜一蔵相が伝える」と、記事中にあるのだが、これほど大きな政治問題でありながら、各紙では黙殺のようである。かねてから私は、このODAについて、大きな不信と疑問を抱きつづけてきたのだが、その結末がこれである!

“リュウ・ボリス”と、またまた橋本龍太郎がモスクワ訪問である。自分の一族に捜査を進めている検事総長のクビ切りが、再度、国会で反対されたエリツィンの“実力”に、政府はいったいナニを期待しているのか。橋本という亡霊に対する、内輪のサービスか。小渕首相自身が、ピザを抱えた写真をタイム誌の表紙にサービスする。一国の首相として、ここまでやるのか、という声も出ている。橋本のアンパン、小渕のピザ——なんという好対照であろうか。橋本の訪ロ、小渕の訪米と時期までニラんだこのサル芝居! 首相というものは、もっと日本国の現在と明日に対して、真剣に対処すべきであろう。個人的な人気取りパフォーマンスは止め給え。

ODAといえば、もはや政治家の利権と化しているのではないか。中国に対する竹下登の窓口など、利権以外のなにものでもない。そして多くがハコモノの建設である。日本のゼネコンが請負う。当然、リベートである。竹下の娘ムコの竹中工務店と対中国ODAの関係など、多言を要しないであろう。どこの国のナニに、どれだけのODA供与があったかをまとめて公表すべきである。これだけの重大ニュースを朝日紙が特筆大書しているのに他紙が後追いしないのは、G7での発表の予告篇なのである。意図的なリークとショック療法を狙った、政府筋と朝日紙のナレアイなのであろうか。

検察NO.2の則定前東京検事長とパチンコ業者との親密交際、東京都監察医務院の医師3名による、虚偽データの学会発表など、連日の新聞紙面には、信じられるべき人の信じられない事件が報じられている。社会的地位や教育がありながら、常識では考えられない事件を起こす人びとが、60歳台にまで及んでいることを、どう考えるべきなのか。60歳といえば、敗戦時には小学生。その人格形成には、戦後教育の色が濃い。

やはり、ODAの利権化といい、戦後の政治の在り方が、その根源にあるには違いない。今の若者の特徴といわれる“ジコチュウ”は、もっと年長の階層に根ざしているのだ。テレ朝の朝日記者のゴーマン振りが、それを如実に物語っていよう。 平成11年(1999)4月21日

編集長ひとり語り第10回 社会的責任とは何か…

編集長ひとり語り第10回 社会的責任とは何か… 平成11年(1999)5月6日 画像は三田和夫78歳(右側 1999.02.20)
編集長ひとり語り第10回 社会的責任とは何か… 平成11年(1999)5月6日 画像は三田和夫78歳(右側 1999.02.20)

■□■社会的責任とは何か…■□■第10回■□■ 平成11年(1999)5月6日

連休明けのニュースは、小渕首相の訪米が本人の自画自賛にもかかわらず、あまり相手にされず重要視されなかった、という各紙の現地記事である。その次は、菅民主党代表が江沢民国家主席と会談できた。小沢自由党党首が会えなかったというのに…。私の感想では、日本の政治家はどうして日本国内での政策で勝負せず、外国の権威でハク付けしようとするのか、悲しい現実である。

小渕や菅が、相手に迎合したとか、国辱的行動であったとか、批判するのは日本国民として当然のことであって、「事実」(と認められる有力新聞の報道も含めて)を、どう認識するかは、各人の自由である。そして、これは「中傷」とはいわない。それは、2人とも公人であるからだ。

先週号の『編集長ひとり語り』に、「個人に対する中傷で不愉快だ」という反応があった。私の文中で取り上げた個人名は、野村夫妻、山口元議員、松本清張の4人で、誰に対する中傷なのかは、投書は言及していないが、やはり反論しておかねばならない。

私は新聞記者である。ミニコミ紙と言われながらも、30余年『正論新聞』を発行しつづけ、紙上で主張を展開している。誰でもが、いつでも読むことができる、公(おおやけ)の文章である。つまり、社会に公開されているということは、印刷紙面であれ、このインターネット上であれ、筆者の私には、当然「社会的責任」が負わされているのである。その意味では、準・公人である。

「中傷」とは、無実のことをいい、他人の名誉を傷つけることをいう。私が個人名を明記した前記の4氏について、投書者本人にとっては、「信じられない」ことが書かれていたので、中傷という言葉を使ってしまったのであろう。だが、私が書いたことは、残念ながら「事実」なのである。その「事実」の証拠を私はきちんと保存している。

そして、この4氏は、私と同様に社会に対し発言し、行動しているのだから、準・公人なのである。社会的批判に堪えられるだけの言動が求められ、かつ、その批判に対して社会的責任を明らかにする義務がある。その義務を怠るならば、バカだ、チョンだといわれても、やむを得ないだろう。

松本清張について付言しておこう。私が彼に対してとった、著作権法違反の告発は、東京地検で不起訴処分となった。検察は、犯罪(容疑)に対して、国の代理人として起訴(裁判を請求)か不起訴を決める。不起訴には、嫌疑なしか、政策的判断(微罪、容疑者更生など)などがある。しかし、私の告発は「時効不起訴」だったのである。解説すれば、盗作の事実はあるが、時効だ、ということである。だから、彼は文化勲章も受けられなかったのである。この一事で全て、彼の人となりが理解できよう。 平成11年(1999)5月6日

編集長ひとり語り第13回 戦争に征かない自自公の議員ども

編集長ひとり語り第13回 戦争に征かない自自公の議員ども 平成11年(1999)5月29日 画像は三田和夫78歳ごろ(前列中央 桐・第二〇五大隊戦友たちと靖国参拝1999ごろ)
編集長ひとり語り第13回 戦争に征かない自自公の議員ども 平成11年(1999)5月29日 画像は三田和夫78歳ごろ(前列中央 桐・第二〇五大隊戦友たちと靖国参拝1999ごろ)

■□■戦争に征かない自自公の議員ども■□■第13回■□■ 平成11年(1999)5月29日

さる5月25日(火)の日刊各紙の第一面は「ガイドライン法成立」と、大きく報じている。「日本が直接武力攻撃を受けた場合に限定されていた日米防衛協力の範囲を拡大した。…96年の日米安保共同宣言を踏まえた新指針を国内法で裏付けたもので…」(日経紙)とあるように、“戦争法”と呼ばれる所以のものである。

問題は、引用した日経紙の次ぎの見出し「自治体・民間に協力依頼」である。自衛隊が米軍の作戦の後方支援をするだけの法律ならまだしも、自治体・民間も引きずりこむ法律なのである。「後方支援」とタッタ4文字で表現されているが、実情は米軍の作戦に参加するということ。つまり、アメリカの判断でする戦争に、日本も加担することを意味する。

コソボの空爆を見れば答えはあきらかだ。空爆目標は、どんどんエスカレートして、中国大使館の誤爆(?)も含めて、発電所、橋、病院と、一般国民の生活自体を襲っているではないか。だが、米軍は地上兵力は投入しない。歩兵をブチ込めば、米軍の青年たちに死傷が出るからだ。だが、空爆を決断したクリントン大統領は、ユーゴが攻めてこられない米本土で、変わらぬ日常生活を送っているだろう。もし、地上軍投入という事態になっても、クリントンの生活は変わらず、彼の不倫相手の女性の兄弟も、コソボ出征は免れるであろう。

ガイドライン法を成立させた、自自公の議員たちも、“朝鮮半島有事”であろうが、“台湾海峡有事”であろうが、外国の攻撃には関係がない。なぜならば、自衛隊員でないからだし、後方支援の自治体や民間にも、近寄らないからだ。

そして、その証拠は、さきの戦争の跡始末を見れば明々白々である。戦争を指導し、日本の青年ばかりか、大都市の空襲で、女、子供、老人の非戦闘員に、無残な死を強いた高級将校たちの多くが、平然と生き残っているからだ。終戦50年の年に、テレビは各方面の戦線の実態ルポを数多く放映した。そして、その証言者として、中佐、大佐のうち、参謀肩章(作戦企画部門の参謀部に所属する将校は、階級章のほか、金モールの派手なアクセサリーをつけていた)を吊った連中が、ワンサカ登場してきたのに、私はアッと声をのんだまま、画面を見つめていた。

8月15日の玉音放送を聞いた時、私は旧満州の首都・新京の郊外陣地にいた。「生きていて良かった」が、放送が終わった瞬間の思いであった。ホンの数時間前まで、ソ連の戦車集団に自爆攻撃をかけよ、という命令が出ていた。命令をイヤだと拒否すれば、抗命罪ということで、前線だったから軍法会議抜きの銃殺であったろう。だが、そういう法律を作ったり、命令を出した連中が、これほど多数、ノウノウと戦後50年を、貧乏臭くもなく生きている。

東京裁判に、ソ連側証人として出廷したのは、伊藤忠商事の瀬島龍三大佐だ。彼はそのご褒美か、欧露エラブカの将校収容所でも、“陽の当たる場所”にいた。帰国してまもなく、伊藤忠商事に就職し、現在も“陽の当たる場所”に居つづけている。(注・共同通信社刊「沈黙のファイル。元大本営参謀瀬島龍三は真実を語ったか」)

帝京大教授・志方俊之は、さる4月下旬の講演会で「35年間(自衛隊に居て)自衛隊を軍隊と思わない日はなかったが、自衛隊を軍隊だといったらクビになる」という。戦争指導者だった高級将校たちと同じ発想で、自分よりエライ奴に責任を押しつける。小渕恵三首相は、自分の子供を自衛隊に入れてから(防衛大ではないゾ!)、ガイドライン法を成立させるべきであった。 平成11年(1999)5月29日

編集長ひとり語り第14回 沖縄はどう生きたいのか

編集長ひとり語り第14回 沖縄はどう生きたいのか 平成11年(1999)6月5日 画像は三田和夫60歳ごろか(右側 オカマ・クラブ?)
編集長ひとり語り第14回 沖縄はどう生きたいのか 平成11年(1999)6月5日 画像は三田和夫60歳ごろか(右側 オカマ・クラブ?)

■□■沖縄はどう生きたいのか■□■第14回■□■ 平成11年(1999)6月5日

5日付けの東京新聞朝刊は、一面第二トップで「米兵、羽田を初利用へ、新指針・慣熟訓練か」と報じた。静岡県の東富士演習場で14日から始まる米海兵隊の実弾砲撃訓練のため、米兵約20名が民間機で羽田空港入りをする、というもの。これは沖縄県の県道越えの実弾訓練をやめ、本土の演習場5カ所に移した第一回のもの。

もちろん“戦争法”と呼ばれる新ガイドライン法での民間協力第一号だ。もっとも、軍装で武器や弾薬は、従来通りチャーター便で運ぶが、先発隊20名のために、一機チャーターするよりは安上がり、ということで民間協力…。

先日、沖縄県人たちと話し合った。その意見を聞いて、深くうなずくものがあった。小渕首相の“大英断”ともてはやされる、サミット本会議開催など、まさに子供だましのアメ玉で、沖縄にとっては迷惑でこそあれ、何のプラスにもならない。かえってサミット後の「してやったじゃないか」という逃げ口上の落ちこみのほうが、マイナスになるのだという。

沖縄に集中している米軍基地は、敗戦後50余年を経て、完全に既成事実化しており、本土移転などとオイシイことをいっても、どこの県が引き受けてくれるというのだ。海上に造るといって、イクラ金を投ずるのだ。

産業がなく、特産品もなく、強いていえば観光だけ。だが、本土からの航空運賃が、ハワイより高いのでは、好きこのんでくる客も少ない。パチンコが一時は盛んだったが、それを支配していたのは、本土の業者で、県民のナケナシのパチンコ代は、みな本土へもっていかれてしまう。これでは、沖縄県は低所得トップで、歌の大スターが出現しても、その儲けは、本土に落ちる。——どうして、生きてゆけというのか。夢も希望もなく、あるのは爆音と銃砲声だけだ、という結論だ。

実際、サミットは沖縄で、というニュースに「また、オブチ・パフォーマンス」という感じを受けたのは、私ばかりではあるまい。自自公の数だけの政治は、沖縄ばかりか、日本全土から、夢も希望も奪うものだ。

冒頭の新聞記事。第一回だから、20人で私服なのだ。やがて、拳銃を下げ、自動小銃を抱えた軍装の米兵が、30人、50人と、民間機に乗りこんでくるようになるだろう。そしたらキット、同乗の日本人客に、チョコレートやキャンディーをバラまくのではないか。50年前の米軍占領下の、日本の日常的風景だ。

小渕も野中も、どうして「米国がそうしろというのだから、反対できないのです」と、ハッキリいわんのか。戦争法も盗聴法も、数だけで通していい法律なのか。戦争法の現実的運用が、どんどん拡大されていく。そこで反対論者を封じ込めるための盗聴法だ。米国の外圧だと、国会で発言すれば小渕内閣の即瓦壊は火をみるより明らかだ。そこで、中曽根大勲位81歳が、代わりになって、そう発言したらいい。そして議員辞職すればいい。ともかく、自民、自由、公明三党をツブさねばならない。小渕をツブして総選挙だ!

で、沖縄の生きる道は、というと、県営のカジノだ。サッカーくじまでやる国だから、島ではあるし、公認ギャンブル場しかないという。すると観光も生きてくる。

最後にひとりが呟いた。「公認カジノというと、琉球新報(このほど、ABC調査で20万部を317部越えた)あたりが反対する。まず沖縄のマスコミもツブさねば…」と。ちなみにこの発言、琉球新報の論調を支持しているのか、空理空論を嘲っているのかは、聞きもらしてしまった。 平成11年(1999)6月5日

編集長ひとり語り第16回 「マリコ」再放送と国際結婚

編集長ひとり語り第16回 「マリコ」再放送と国際結婚 平成11年(1999)6月20日 画像は三田和夫52歳(中央 正論新聞・社内宴会1973)
編集長ひとり語り第16回 「マリコ」再放送と国際結婚 平成11年(1999)6月20日 画像は三田和夫52歳(中央 正論新聞・社内宴会1973)

■□■「マリコ」再放送と国際結婚■□■第16回■□■ 平成11年(1999)6月20日

1981年というから、今から18年前の昭和56年、8月15日にNHKが放送した「マリコ」が、19日の土曜日の夜に再放送された。日米開戦時にワシントンの日本大使館勤務だった外交官、寺崎英成とその妻のアメリカ人グエン。二人の間の娘マリコの回想録の形で、この一家に戦争のもたらした運命を描いたドラマである。18年前の感動を、いままた、流れる涙を拭きながら、見つめ直していた。初放送時には、NHKの電話交換台がパンクするほどに電話がかかってきたという。

さて、今回の再放送が、どのように視聴者に受け入れられたであろうか。日本国の内外情勢も、この20年ほどで大きく変わってきているのだが、改めて、民族と戦争という不変のテーマをつきつけることになっただろうと思う。というのは、日本の国際化はどんどんと進み、国際結婚も多くなり、日常生活のすぐそこに、外国人が住み、働いている現実だ。外国人の登録人口は約150万人。日本国籍人の1%を越えている。日本に帰化する外国人も多くなり、そこで“日本国籍人”という表現をせざるを得ないのだ。

私の知人の中国人夫婦も帰化した。その長男の男の子は、「日本の高校の教育程度が低すぎる」と、上海の高校へ戻った。だが、今度は日本国籍の日本名前だから、いうなれば留学である。アジア諸国からの日本への留学生はどんどん減って、来世紀には、日本の若者たちが、中国や韓国に留学する時代になるだろう。日本の学校教育はダメになった…。

「マリコ」の父、寺崎は8月15日の天皇放送を聴き、妻にいう。「私の国は敗けた。あなたの国が勝った」と。妻グエンが夫に向かって叫ぶ。「どちらが勝った、敗けたじゃない。平和が戻ってしあわせが帰ってきたのよ」と。いうなれば、国際結婚の先駆者であり、日本外交官が交換船で帰国する時、米国に残れという夫に反対して日本に渡り、戦時中の食糧不足、買い出しまでやったアメリカ人グエンの毅然たる人間愛のほとばしりだ。

私は国際結婚推進派である。戦争をなくすためには、外国人同士の結婚と、混血児をふやしていくのが一番だと思う。1945年ごろは、まだまだ偏見がまかり通っていた。だからマリコは、戦時下の日本で、アメリカ人とイジメられる。「半分は日本人よ!」と悪童たちにマリコは立ち向かう。

父の国と母の国(あるいは民族)が戦争する悲劇は、まだ世界各地で起きている。「民族浄化」などという、慄然とするような日本語訳が、平気でマスコミに用いられている無神経さは、マスコミもまた病んでいる証拠である。政治と政治家はもとより、教育、学力がともに低下し、マスコミが病む。その日本女性は、不婚、不産の傾向にあるのだから少子化社会と高齢化社会が同時進行して、21世紀の日本の衰退は必至である。

だからこそ、国際結婚のすすめである。マリコは、アメリカで弁護士と結婚し、州の事務所で働いている。そして、ドラマの最後を、次のようにしめくくる。「私は上海で生まれ、第二次大戦、朝鮮動乱、ベトナム戦争と、戦争の中で育ち、戦争を目撃してきたから、平和の尊さを実感した」と。

NHKは、この再放送の反響を、ぜひ数字とともに公表して欲しい。そこには、18年前と違う、意見と数字があるハズだ。国際結婚と混血児、戦争についての、視聴者の気持ちを知りたい。ことに“アメリカの属国としての戦争接近”に無神経な小渕内閣と国会議員たちが成立させた、ガイドライン法が戦争法である事を、ドラマ・マリコの視聴者が感じているかどうかを、知りたい! 平成11年(1999)6月20日

編集長ひとり語り第17回 クリントンの隣りに立つ首脳は?

編集長ひとり語り第17回 クリントンの隣りに立つ首脳は? 平成11年(1999)6月26日 画像は三田和夫70歳(中央 古希の誕生日パーティ1991.06.11)
編集長ひとり語り第17回 クリントンの隣りに立つ首脳は? 平成11年(1999)6月26日 画像は三田和夫70歳(中央 古希の誕生日パーティ1991.06.11)

■□■クリントンの隣りに立つ首脳は?■□■第17回■□■ 平成11年(1999)6月26日

G8の各国首脳の記念写真が、新聞に掲載された。やはり、いつも中心にいるのは、アメリカのクリントン大統領である。我がオブチ君は、パフォーマンスのチャンスなのに、左から二人目。ノッポにはさまれて、見劣りがするのである。エリツィンは、最後の七時間だけ出席して、モテモテだったみたいだがカメラが動いて各国首脳の表情をみせる。クリントンは仏頂面していて、あまりゴキゲンではない。オブチ君は、クリントンの表情を気にしているような感じだった。

超大国の両雄だった米ソも、ソ連解体、ロシア不況とあって、アメリカだけが、全世界に口をはさみ、手を出している。ロシアは、コソボに勝手に小部隊を進駐させたり、小手先のパフォーマンスしかやれない実情にあることはいうまでもない。となると、中国はどうしたか、とあたりを見廻さざるを得ない。G9になって、中国が加われば、江沢民は堂々と、クリントンの隣りに並んで、記念写真に納まるだろう。それでもオブチ君は、キット左端か右端かに立つことになるだろう。決して、クリントンの両側を、江沢民と並んで占める、ということはあり得ない。

北朝鮮がミサイルの照準を合わせている都市のひとつに、熊本市があるというジョークがある。加藤清正が朝鮮出兵時に多数の朝鮮人捕虜を連れ帰ったウラミだというのだ。そこで、私はこんな幻想を描く。

周辺事態もガイドライン法もどうでもいいんだ。コソボ空襲を終えたアメリカが、余勢を駈って北朝鮮を空爆する。湾岸戦争でフセインをヤれなかった失敗から、今度は、金正日を狙い撃ちだ。たちまち、日本は北朝鮮のミサイルを浴び、人が死に、火事で焼け、大損害を受けるが、アメリカのやることだからオブチ君は「北爆を支持する」とコメントを出す。1、2カ月後、北朝鮮は消滅し、朝鮮半島は統一されてしまう。

サテ、そこでである。ロシアと中国はどう動くかである。ロシアは金がないし、軍の士気も低く、ポーズだけは、コソボと同じように、アメリカ批判をくり返すだろうが、実力行使はできない。第一、核がどうなっているかも、明らかではない。

北朝鮮の発射したミサイルは、韓国と日本に対してだけである。あるだけブッ放して、あとは焦土作戦。金王朝の滅亡である。そして中国は、どう出るか。コソボの中国大使館誤爆事件も、誤爆じゃない、狙ってやったのだろう、と、釈然とはしていないほどだから、ピョンヤンでまた大使館をやられ、死者も出たとなると、中国世論はおおいに盛り上がって…。もちろん、中国とアメリカが直接戦火を交えるということはあり得ないが、ロシアに代わって、中国がアメリカと対峙する超大国の立場を占めることになるだろう。二十一世紀は、まず米中対峙という形で展開してゆくだろう。

その時、ニッポンはどうなる。どうするのか? 平成11年(1999)6月26日

追記:来たる10月1日は中国の国慶節ですので、軍事パレードも行われるだろうとみられています。この前後の1週間ほど北京、上海と取材旅行に行く予定です。もし私の旅に同行されたい方がおられたら、メールにてご連絡ください。

編集長ひとり語り第18回 「小渕基金」などと舞上がるな!

編集長ひとり語り第18回 「小渕基金」などと舞上がるな! 平成11年(1999)7月6日 画像は三田和夫47歳(正論新聞連載「検察派閥」のプロモーションか1969.02.24)
編集長ひとり語り第18回 「小渕基金」などと舞上がるな! 平成11年(1999)7月6日 画像は三田和夫47歳(正論新聞連載「検察派閥」のプロモーションか1969.02.24)

■□■「小渕基金」などと舞上がるな!■□■第18回■□■ 平成11年(1999)7月6日

7月6日付の産経紙朝刊に、「100億円の小渕基金、中国の緑化を推進」という、大きな記事がでた。9日に予定されている中国の江沢民主席との会談で、それを申し出るというものだ。「基金を使って多数の日本の青少年を中国に派遣、ボランティアで植林事業に協力する」方式も検討されている、と。

資金援助規模も酸性雨対策などを目的に、竹下登元首相の主導で開設された「日中友好環境保全センター」(約105億円)に匹敵するものとしたい考えだ(外務省筋)という。記事の結びは、「小渕基金」は中国への政府開発援助(ODA)とは、事実上別枠となるだけに、論議を呼びそうだ、とあった。

この記事を読んで、私はすぐ思い出した小さな記事があった。3日付の産経、東京両紙にだけ出た、小さな記事である。病床の竹下元首相が小渕総理に電話してきて、中国へ行ったら、「中国の台湾交渉の窓口である、海峡両岸関係協会の汪道涵会長と会談せよ」というアドバイスをした、というものだ。「竹下氏はしっかりとした口調で話をしていたという」(東京紙)そうだが、どうしてこれだけの話を、ジカに電話するのか、私は納得がゆかないのである。ナニを企んでいるのか?

その数日後に前記の「小渕基金」の記事である。竹下といえば、話は古くなるが、北京に日中ナントカセンターというハコものを建て、それを身内(娘の嫁ぎ先)の竹中工務店に受注させた、という事実がある。国民の税金である有償・無償援助を中国に出し、それもほとんどがゼネコンが儲かるハコものを作る。大義名分さえ立てれば、金は使い放題で、当然の結果としてリベートもこよう。

日常の新聞紙上に、やれ警官の汚職だ、自衛官の収賄だと、社会的腐敗の記事はあとを絶たないが、国をダシにした大きな腐敗は、決して“摘発”されない。

いま、「新潮45」誌に、岩瀬達哉がドキュメント・竹下登を連載中である。7月号では暴力団が一国の総理を作った、といわれている「皇民党事件(注)の深層」が掲載されているが、なかなかの面白さである。(注)ホメ殺しという流行語も出た、皇民党が街宣車を連ねて、「金作りのうまい竹下さんを総理にしよう」と、ホメまわった事件。

たまたま、岩瀬氏に会った。「竹下のODAの使い方の問題を、ぜひ調べてみてよ。北京に行って、ビルの実情を調べ、竹中以外の業者に値踏みさせれば、リベートも浮かんでくるよ」と、私は彼にすすめた。

ナベプロの女社長が、音楽著作権協会ビルの新築を進めた。清水建設の工費が高すぎると、他の理事から抗議が出てモメたことがあった。そのビルを他の業者に見積もらせたら数十億円高い、という。その話を聞いた私は女社長の自宅を調べた。15億円といわれる豪邸には、担保ひとつついていなかった。施工は協会ビルと同じ清水建設だった。ハコものは、調べると疑惑がつかめるのである。

もう、日本のODAも見直しの時期にきている。と同時に、首相や大臣たちが、外国に出かけては、「いくらいくら上げます」と大盤振る舞いをするのも、やめにすべきだ。日本国の赤字は、600兆円だというのに、どうして、この帳尻を合わせるのか。少子化、高齢化の21世紀に、この借金を支払うのは読者の皆さんである。 平成11年(1999)7月6日

編集長ひとり語り第23回 自自公連立のウソだらけ!

編集長ひとり語り第23回 自自公連立のウソだらけ! 平成11年(1999)8月7日 画像は三田和夫63歳(右端 紫友ペンクラブ創立総会1984.09.13)紫友ペンクラブ:五中出身の著述家団体か?
編集長ひとり語り第23回 自自公連立のウソだらけ! 平成11年(1999)8月7日 画像は三田和夫63歳(右端 紫友ペンクラブ創立総会1984.09.13)紫友ペンクラブ:五中出身の著述家団体か?

■□■自自公連立のウソだらけ!■□■第23回■□■ 平成11年(1999)8月7日

なみはや銀行がまたツブれた。去年だかに再統合したのに、不良債権額でウソをついていたようだ。長銀、日債銀の旧経営者たちが功労金(退職金)を返還しろ、といわれ、返すといいながら返さない。これもウソだ。柳沢金融再生委員長に、「功労があったればこその功労金だ。功労があったのか」といわれながら、私利私欲ばかりで、仕事はウソだらけ、個人的にもウソだらけだから、やりきれない思いで、いっぱいである。

どうして、こうもウソだらけの世紀末になったのか、考えてみたら、やはり、政治家のウソだらけが、国民すべてに“ウソはつかねばソンする”という風潮を、おしひろげていったのである。野村沙知代のケースが良い例である。

自自公連立が、いま注目されている。小渕がウソをつくか、小沢一郎がウソをつくか、はたまた、神崎・浜四津がそうなるか。いずれにせよ、来週には明らかになるだろう。これは、21世紀に持ち越す重大なことだから、国民は注目しつづけておらねばならない。

いまの、衆議院選挙は、小選挙区300人、比例代表200人の、500人定員制である。そのうち比例代表を50人減らして150人にする、という政策で合意して、自民・自由の連立政権がスタートした。小沢が、その約束の履行を小渕に迫っている。それを済ませてから、公明を加えて自自公連立にしろ、というのだ。

公明というのは、ご承知の通り、創価学会・池田大作の“私兵”である。かつて、国立戒壇を作るという狙いで、公明政治連盟が発足した。その後、政教分離とかナントカ、世論の批判を浴びて右往左往して、衆院議員が小沢・新進党に加入し、参院議員と地方議員とが公明として残るとか、理解しにくい離合集散のあげく、現在は、自由党への落ちこぼれを出しながらも、公明党にもどった。

衆院事務局にたずねたら「公明党・改革クラブで、小選挙区20名、比例区32名です」という。国会便覧によれば、小沢辰夫・改革クラブの衆院議員は9名。前記の53名から引くと44名になるが、便覧では公明党42名(2月1日現在)とある。

公明党は、小選挙区で当選できるのは、東京、大阪で各1名ぐらい。あとは、小選挙区の投票総数で比例区議員が当選する。調べてみると、北海道ブロック(2名中)1、東北(6名中)1、北関東(6名中)3、南関東(7名中)4、東京(5名中)3、北陸(4名中)1、東海(8名中)5、近畿(10名中)7、中国(3名中)2、四国(2名中)1、九州(7名中)2、計30名となる。このうち、近畿ブロックの旭道山が無所属に移っている。つまり、公明党の衆院議員の75%は、比例区議員だから定数50減は、公明党がツブれるか小数党に転落することを意味している。

だいたいからして、創価学会の指導者が、レイプで民事裁判を起こされるとは、何事かといいたい。池田の著書の1ページ広告が毎月1回、日刊六大紙に掲載される。数千万円の料金だろう。だから、レイプ裁判が時効で終わったことなど、ほとんど報じられない。これも、新聞の不作為的ウソである。

定数50減をめぐる、自自公連立の行方は、審議入りもせずに公明連立を認めたら、小沢一郎は大ウソつき野郎だ。さて、小渕は自由党を切って、自公連立となったら、これまた超・大ウソつき野郎だ。公明党は、「うちがツブれるから、50減反対だ」といわないのは新聞の不作為的ウソと同じだ。連立なんてことより、池田大作を追放してから、日本の政治に関わってもらいたい。宗教団体の指導者として、適格者だと思っているなら、もう、神埼・浜四津は、人間的大ウソつきだ。 平成11年(1999)8月7日

編集長ひとり語り第24回 陛下、ブリキの勲章を下さい

編集長ひとり語り第24回 陛下、ブリキの勲章を下さい 平成11年(1999)8月14日 画像は三田和夫23歳(最後列左から3人目の背高メガネ 1944年ごろ)
編集長ひとり語り第24回 陛下、ブリキの勲章を下さい 平成11年(1999)8月14日 画像は三田和夫23歳(最後列左から3人目の背高メガネ 1944年ごろ)

■□■陛下、ブリキの勲章を下さい■□■第24回■□■ 平成11年(1999)8月14日

長い長い、200日を越える国会が、ようやく終わった。最後の数日間は、まさに、太平洋戦争の末期のような、空しい“牛歩戦術”とかの、はかない野党の抵抗であった。北方ではキスカ、アッツ両島の玉砕、テニヤン、沖縄の玉砕と、大日本帝国陸海軍の、オロカな玉砕戦を、私に思い起こさせた。

そして、小沢自由党は連立を離脱せず、自民党は総裁選へのスタートを切った。公明党は“大臣”という閣内協力のエサに幻惑されて、「次国会初頭の採決」という、アイマイな自民党のウソを呑んでしまった。やはり、前号で指摘した通りに、大ウソだらけの自自公連立で、アメリカの期待した通り、“属国待遇”の重要法案をすべて成立させた。

さて、本論に入ろう——標題のタイトルは、さる11日付朝日紙の論壇に掲載された、アジアプレスインターナショナル台北代表の柳本通彦氏の投稿のタイトルである。要旨は、戦後処理をキチンとしろ、である。「…そんな国の国歌を我々は誇りをもって歌えるだろうか。…それは、太平洋戦争に対する評価や支持政党には一切関係がない。国としての徳や品格の問題であり、人間の良心の問題である」これは、台湾先住民の元日本兵が、柳本氏に対して、「もう金はいらない。だが、青春をお国に捧げた証(あかし)として、ブリキでもいいから、勲章を陛下に頼んでくれ」といった時に、国旗・国歌の法制化の前に、日本政府は、すべての「従軍参加者」に、なんらかの措置をすべきであった、と感じたというのである。ゼヒ、原文を読んで欲しい。

そこで私の提案である。国旗・国歌法の成立で、すっかりその気になった、野中とかいう男は、靖国問題にまで口を出した。戦犯を分祀しろ、特殊法人にしろ、と。この戦争にも行っていないバカは! “戦犯”とはアメリカからの戦犯だぞ。柳本氏の指摘通り、キチンと戦後処理をしないから、アジア各国から靖国参拝にイチャモンがつくのだゾ。ナゼ、韓国が慰安婦資金を断ったか考えたことがあるか。

竹下登をはじめとして、政治家たちは外遊すれば、何十億ドルという金をバラまいてきた。小渕にいたっては、何千億円を銀行にバラまいてきた。これらの一割でも二割でも、戦後処理に向けたらどうだ。

大阪高裁は、さる6月21日、元日本軍属の在日韓国人の障害年金などの支給を求めた法廷で、和解を勧告したにもかかわらず、国側は「検討の余地もない」と拒否した。官僚は、日韓の間ではすべて終わっている、という立場であろう。だが、それで日本の戦後処理はすべて終わった、といえるだろうか。人間の心の問題を処理していないから、国旗、国歌もみな、手を打ってよろこばないことに、首相は、思いをいたすべきだろう。

9月の総選挙で、これから2年間の任期を得たら、内政も外交も、すべて小沢“副総理”にまかせ、小渕総裁は、ただひたすらアジア各国をまわり、日本国首相として、元日本兵たちの手を握り、総理大臣表彰状を贈り、謝罪の旅をつづけるべし。もちろん、銀行に一度渡した金のバックペイを取り、それを配って歩くのだ。

戦争法、盗聴法、国旗国歌法、その他、この長期国会で、国民の支持を得ずに、数だけで成立させた“悪法”への、償いのためにはこれしかない。もう、ウソだらけの政治には付き合っていられない。8月15日のためにも… 平成11年(1999)8月14日