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新宿慕情 見返し-カバーそで 著者略歴

新宿慕情 見返し-カバーそで 著者略歴
新宿慕情 見返し-カバーそで 著者略歴

著者略歴

☆大正10年、盛岡市に生まれる。

☆昭和18年、日大芸術科卒業。読売新聞入社

☆昭和22年、シベリアより復員、読売社会部に復職。法務府、国会、警視庁、通産・農林省の各記者クラブ詰めを経て、最高裁司法記者クラブのキャップとなる。

☆昭和33年、横井事件に関連して読売退社。

☆昭和34年、マスコミ・コンサルタント業の「三田コン」株式会社を設立するも、二年余で倒産。以後フリー・ジャーナリスト生活

☆昭和42年、元旦号をもって正論新聞を創刊

☆昭和44年、株式会社「正論新聞社」設立。旬刊2Pから4P、6P。週刊に切り替えて6P、8P。週2回各4P発行となる。

☆著書に、戦後10年秘史の「迎えにきたジープ」「赤い広場—霞ヶ関」の二部作。「最後の事件記者」「黒幕・政商たち」「正力松太郎の死の後にくるもの」などがある。

☆住所 東京都新宿区西大久保1-361-505号

読売梁山泊の記者たち p.308-奥付 あとがき(つづき)

読売梁山泊の記者たち p.308-奥付 あとがき(つづき) 著者略歴 奥付
読売梁山泊の記者たち p.308-奥付 あとがき(つづき) 著者略歴 奥付

さて、時代は大きく変わりつつあり、新聞もまた、変革を迫られつつある。専売店による宅配制度は崩れ始めて、すでに一部では、合売がすすんでいる。読売の一千万部近い日本一の部数は、専売店の宅配制のもとでのみ、可能だったのである。
さる十一月五日から、毎日新聞は題号までを変えた。それは、起死回生策なのであろうが、同時に、

時代の流れでもある。能力のある記者は、他社にトレードされるなど、終身雇用制も崩れ、署名記事の時代が訪れるであろう——そのとき、竹内四郎、原四郎という、二人の社会部長が育てた記者たちが、どんな仕事を、どんなふうに書いていったか、温故知新もまた、意味なしとはしない。

古い新聞記者像を知ることが、明日の記者の仕事に、プラスになることを信じて、書き殴った八百枚に手を入れた。脈絡が切れ、興味もまた、半減したおそれもあろうが、ご寛恕頂きたい。

一冊の単行本が、世に送り出されるまでには、多くの黒子たちの、目に見えない労苦と努力があればこそ、なのである。私も、その黒子代表として、版元の今井國藏編集長に、感謝の意を表したい。

ことに、この書は「正論新聞の二十五年を祝う会」(平成三年十一月二十六日)に、刊行を期したので、時間の制約もきつく、なおさらのことであった。

そして、巻頭の「献詞」の如く、著者の半世紀にも及ぶ、ペン一本の生活の、基本を与えて下さった先哲への、感謝に満ちた、この著のあとがきとする。

平成三年十一月吉日                       三田 和夫

著者略歴
大正10年岩手県に生まれる。昭和18年日大専門部芸術科卒業後、同年読売新聞社入社、社会部に配属。同年11月から22年11月まで兵役のため休職。復員後復職し33年に同社を退社。42年に「正論新聞」を創刊、今日に至る。著書「最後の事件記者」(実業之日本社)「黒幕・政商たち」(日本文華社)「正力松太郎の死のあとに来るもの」(創魂出版)など多数。

読売・梁山泊の記者たち<戦後・新聞風雲録>
1991年12月10日 第1刷印刷
定 価 1,500円(本体1,456円)
著 者 三田和夫
発行者 小林康男
発行所 紀尾井書房
東京都千代田区紀尾井町3-33 郵便番号102
電 話 東京(03)3261-2800
振 替 東京1-13842
印刷所 新日本印刷株式会社
製本所 東京美術紙工事業協同組合
落丁本・乱丁本は小社あてにお送りください。送料小社負担にてお取り替えいたします。
ISBN 4-7656-1061-6 C 0023 P 1500 E

迎えにきたジープ p.218-奥付 あとがき 著者略歴 奥付

迎えにきたジープ p.218-奥付 Afterword (rest), author affiliation, publication information
迎えにきたジープ p.218-奥付 Afterword (rest), author affiliation, publication information

この一集では、私は何も結論を出していない。ただ、事実と疑問とを投げかけているだけで

ある。他の三分冊と併せて読んで頂けるならば、アメリカとソ連は東京で何をしていったか、何をしているか、また何をするだろうかが、分って頂けることと信じている。

そして、この著によって、外国に対する新しい見方が生れることを願い、それが日本のために何らかの形で益するならば幸である。

終りに、私を新聞記者としてここまで育てて下さった竹内四郎報知新聞社長、原四郎読売新聞編集総務の両元社会部長、景山与志雄社会部長、何回かの続き物で直接指導を頂いた辻本芳雄先輩をはじめとする社会部の各次長、また私が警視庁クラブで公安担当に専念するという我儘を許して下さったキャップの福岡俍二先輩の諸氏、また多くの諸先輩、同僚諸兄に感謝し、併せて他の多くの御協力御後援を頂いた諸氏に、あつくお礼を申上げる次第である。

なお、お断りしておかねばならないのは、この著はあくまで私個人の責任において、私の記者生活メモを整理したものであって、読売新聞記者という責任で書いたものではないということである。従ってこの著によって起きてくる問題の一切は、読売新聞社には全く関係がなく、すべて著者個人の責任である。

昭和三十年五月     日ソ交渉全権団出発の日

三 田 和 夫

著者略歴
大正9年  盛岡市に生る
昭和18年 読売新聞入社・社會部記者となる
昭和22年 シベリヤより引揚・復職 法務府・国會・警視庁各記者クラブを経て、現在通産省・農林省記者クラブ詰

迎えにきたジープ
昭和30年7月15日 第一刷 発行 ¥130
著 者 三田和夫
発行者 野老山宏
印刷者 新倉誠一
発行所 東京都千代田区神田神保町3-13 20世紀社 TEL 33-4356
禁無断 転載・演劇 映画・放送

落丁・乱丁はお取替えします
製本 谷島製本

最後の事件記者 カバーそで 著者略歴

最後の事件記者 白ページー見返し jacket flap カバーそで
最後の事件記者 白ページー見返し jacket flap カバーそで
最後の事件記者 jacket flap カバーそで 著者略歴
最後の事件記者 jacket flap カバーそで 著者略歴

著者略歴

大正十年、盛岡市に生る。日大芸術科卒業。昭和十八年、読売新聞入社、直ちに社会部記者となる。昭和二十二年、シベリアより引揚げ、復職。法務府、国会、警視庁、通産省、農林省各記者クラブを経て、昭和三十二年六月、最高裁判所司法記者クラブ詰。昭和三十三年七月、横井事件に関連して、取材が「犯人隠避」罪に問われたため、読売新聞退社。

昭和三十三年九月、文芸春秋十月号に「事件記者と犯罪の間」百五十枚を発表。著書に、「東京秘密情報」「迎えにきたジープ」「赤い広場—霞ヶ関」がある。

住所、東京都世田谷区世田谷二の一九五八

赤い広場ー霞ヶ関 p.224-奥付 Imprint

赤い広場ー霞ヶ関 p.224-奥付 Imprint Red-Kasumigaseki July 30, 1955 1st printing issue ¥ 130 Author: Kazuo Mita Publisher: Hiroshi Noroyama Publishing house: 20th century company 3-13 Kanda Jimbocho, Chiyoda-ku, Tokyo TEL 33 4356 Printer: Seiichi Niikura Bookbinder: Tanishima bookbinding We will replace missing pages and random pages.
赤い広場ー霞ヶ関 p.224-奥付 Imprint Red-Kasumigaseki July 30, 1955 1st printing issue ¥ 130 Author: Kazuo Mita Publisher: Hiroshi Noroyama Publishing house: 20th century company 3-13 Kanda Jimbocho, Chiyoda-ku, Tokyo TEL 33 4356 Printer: Seiichi Niikura Bookbinder: Tanishima bookbinding We will replace missing pages and random pages.

この集を手にされた方は、是非、第一集「迎えにきたジープ」も、読んで頂きたい。この日

ソ交渉にいたる経過は、終戦時のシベリヤにさかのぼらねば、本当に理解できないのだから。

そして、この著によって、外国に対する新しい見方が生れることを願い、それが日本のために何らかの形で益するならば幸である。

なお、お断りしておかねばならないのは、この著はあくまで私個人の責任において、私の記者生活メモを整理したものであって、読売新聞記者という責任で書いたものではないということである。従ってこの著によって起きてくる問題の一切は、読売新聞社には全く関係がなく、すべて著者個人の責任である。

昭和三十年七月    四巨頭会談の日

三田和夫

著者略歴

大正9年  盛岡市に生る・日大芸術科卒

昭和18年 読売新聞入社・社会部記者となる

昭和22年 シベリヤより引揚・復職

法務府・国會・警視庁各記者クラ

ブを経て、現在通産省・農林省記

者クラブ詰

赤い広場—霞ヶ関

昭和30年7月30日 第一刷 発行   ¥130

著 者 三田和夫

発行者 野老山宏

印刷者 新倉誠一

禁無断

転載・演劇

映画・放送

発行所 東京都千代田区神田神保町3—13

20世紀社

TEL 33 4356

落丁・乱丁はお取替えします

製本 谷島製本