日ソ貿易に熱心な一流商社でも懸命に買漁ったそうで、用途は思惑買のほか、天津、大連な
どに送って、中共治下では安い貴金属、宝飾品を買集めるとか、樺太炭やパルプの取引で某社などは現地へ社員を密航させたりしているので、そのさいの工作用であるとか言われている。
この話について代表部に極めて近い安宅産業の担当幹部社員は、『その話については他の会社については聞いている。しかしウチのような一流会社ではそんなことをする必要がない』と語って、噂を肯定しており、また戦時中に謀略用の外国ガン幣(ニセ札)製造をやった参謀本部の某元将校は、『あらゆる国のガン幣を作ったが、ルーブルだけはできなかった。ヤミルーブルが流れているというなら、それは本物に違いない』という。
当局ではこの情報によって第三国人関係を調べてゆくうち、新宿区角筈に住む呉周白、元鮮共中央委員が、ルーブル買をやっていることを掴んだ。直ちに、同人の身辺を内偵しはじめると、早くもこれを察知したのか呉は逃走してしまった。糸が切れてしまった訳で林氏がその中心人物であるとも確認できずに終った。当局で確認しきっていないというのはこのことだが、事実として相当確実視しており、このヤミルーブルの大口取引は関西が舞台になっていることは、やはり関西財界の日ソ貿易への異状な関心を物語る一つの材料である。
余談ではあるが、通貨の搜査は搜査技術の面からいっても極めてむずかしいのである。ルーブルは外国為替管理法の指定通貨ではないから、(ドルとポンドだけ指定されている)不正所持、
無申告などの犯罪にならないから尚更のことである。
例えば二十八年夏、北海道でおきた関三次郎スパイ事件というのがあった。彼の持っていた真新しい百円札は百番台ごとに続き番号だったので、直ちにこの搜査が行われた。その結果、これらの紙幣は二十五年ごろ東京で印刷され、日銀から三つの市中銀行に出たものと推定された。そのうちの一つに銀座に東京支店をもつ東海銀行があったので、係官たちはこおどりしてよろこんだ。さきのヤミルーブルで同銀行をクサイとにらんでいたところだったので、その裏付けの一つとなったというのだ。
また二十九年十月二十四日号の週刊朝日に寄稿された、AP記者のラストヴォロフ事件の記事中に『ソ連代表部は五十万ドル近い口座を持っている』とあるが、やはり当局が懸命に捜査をしてもこの狸穴の金の実態はつかめない。このドル預金はアメリカ・バンクにあるのだが、円に交換するときは正規の手続きで行われており、ドルで使用した場合もそうであるが、その支出額が極めて少ない。
例えばソ連人が帰国するので船会社で切符を買う。その船賃とほぼ同額のドルが、口座から減っているという工合だ。しかし円関係は分らない。市中銀行に個人名儀の円預金を持っているのは事実だが、実態はつかめないでいる。