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新宿慕情 p.010-011 新宿慕情・目次 事件記者と犯罪の間・目次

新宿慕情 p.010-011 新宿慕情 目次 事件記者と犯罪の間 目次
新宿慕情 p.010-011 新宿慕情 目次 事件記者と犯罪の間 目次

新宿慕情目次

はしがき
新宿慕情
洋食屋の美人
〝新宿女給〟の発生源
ロマンの原点二丁目
〝遊冶郎〟のエチケット
トップレス・ショー
要町通りかいわい
ブロイラー対〝箱娘〟
〝のれん〟の味
ふりの客相手に
誇り高きコック
味噌汁とお新香
新聞記者とコーヒー
お洒落と女と
おかまずしの盛況
大音楽家の〝交〟響曲
〝禁色〟のうた
えらばれた女が……
オカマにも三種類
狂い咲く〈性春〉
青春の日のダリア

事件記者と犯罪の間

その名は悪徳記者
特ダネこそいのち
権力への抵抗
根っからの社会部記者

新宿慕情 p.098-099 読売社外での務台サンの一の子分

新宿慕情 p.098-099 そして、裏側には、こういう文字が彫ってある。TO K.MITA FROM M.MUTAI 45.7.21 読売の務台社長が、「ありがとう」といわれて、この時計を拝領した
新宿慕情 p.098-099 そして、裏側には、こういう文字が彫ってある。TO K.MITA FROM M.MUTAI 45.7.21 読売の務台社長が、「ありがとう」といわれて、この時計を拝領した

「書は姓名を記するをもって足りる」には、反対の立場を取らざるを得ないが、時計も服も、用事が足り、むさ苦しくなければ、それで足りるハズだ。
私の時計はオメガ。それでも十万円ほどのものだ。

そして、裏側には、こういう文字が彫ってある。

TO K. MITA FROM M. MUTAI  45.7.21

読売の務台社長が、正力サンの急逝のあとを受けて、副社長から社長に就かれ、その披露パーティーのあった直後、私はお呼びを受けて社長室に伺った。

大きな椅子にアグラをかかれた務台サンは、報知の販売課長からスカウトされて、正力サンの読売陣営に加わった。そして部数が伸びた時、「正力サンに呼ばれて、行ってみたら金時計を下さった」と、エンエンと、むかし話をされる。

そして、約一時間ほどの、例の長話のあと、帰りぎわの挨拶をしていたら、「ありがとう」といわれて、この時計を拝領した、という記念品である。

私が、〈読売社外での、務台サンの一の子分〉を、自称するユエンでもある。

私の身につけた外国製品はこのオメガだけ。ライターの趣味なし、万年筆は中学生のころからのパイロット——先日、さるクラブで、新米のホステスが、教えこまれたままらしく、私のネクタイを賞めた。「ステキねえ、これランバン?」と。

私は、タシナメていう。

「そういうホメ言葉は、〝趣味の悪い〟人にいうものだよ」

私は、〈お洒落〉なんかじゃない。自分の身体と顔に合ったものを身につけ、自分の口に合うものを、飲み、食べるだけ。

ホステスが、卓上のオードブルを取って、私の口もとに持ってくると、拒みながらいってやるのだ。

「食いものと女とは、自分で選んで、自分の欲しい時に、自分で取るよ」

おかまずしの盛況

名物男ヤッちゃん

医大通りも、ようやくグループでのコーヒー談義を通りすぎて、もうしばらく先の松喜鮨へと到着する。

この松喜鮨の名物男、ヤッちゃんとの交情の、そもそもの馴れ染めが、どうにも想い出せないのが、なんとも残念である。あるいは、それほどに親しいのかも知れない。

私が彼を知ったのは、この店に行きはじめて間もなくのことだった。

「ネ、私たちのレコード、買って頂けないかしら?」

色白でホクロが点在する顔は丸く、頭髪は七分刈りだろう。そこに、キュッと、豆絞りの鉢巻きをしめて、ダボシャツ風の半天の襟だけを、同じ豆絞りの柄にして、アクセントを出している

彼の姿は、いかにも、鮨屋の板場らしく、イナセでさえある。

新宿慕情 p.100-101 オンナ言葉を使うと〝妖しい色気〟が

新宿慕情 p.100-101 寺山修司作・演出……と、そう書かれたそのレコードは、例の〈バラ族〉のものだったのだ。~仔細に眺めてゆくと、たったひとり、男装(?)の麗人がいた。それが、ヤッちゃんだった。
新宿慕情 p.100-101 寺山修司作・演出……と、そう書かれたそのレコードは、例の〈バラ族〉のものだったのだ。~仔細に眺めてゆくと、たったひとり、男装(?)の麗人がいた。それが、ヤッちゃんだった。

「ネ、私たちのレコード、買って頂けないかしら?」
色白でホクロが点在する顔は丸く、頭髪は七分刈りだろう。そこに、キュッと、豆絞りの鉢巻きをしめて、ダボシャツ風の半天の襟だけを、同じ豆絞りの柄にして、アクセントを出している

彼の姿は、いかにも、鮨屋の板場らしく、イナセでさえある。

それが、なんと、シナさえ作って、そういうのである。

「ナニ? アタシたちのレコードって、どんな…?」

イナセとシナとが同居するのだから、奇妙である。

一枚三千五百円という、LPレコードを出されて、そのジャケットを見た時、私は、やっと納得がいった。

寺山修司作・演出……と、そう書かれたそのレコードは、例の〈バラ族〉のものだったのだ。

だが、〝醜怪〟としか、いいようのない女装の連中が、新宿御苑あたりに勢揃いして写したカラー写真が、そこには印刷されていた。

そのひとりひとりを、仔細に眺めてゆくと、たったひとり、男装(?)の麗人がいた。

それが、ヤッちゃんだった。しかも、店での例のユニフォームで、口をへの字に曲げ、眼ン玉をヒンむいて見せているではないか!

この松喜鮨は、〈年中無休・二十四時間営業〉が売り物である。だから、深夜が書き入れ時で、ホステスたちや、ホステス連れの酔客たちが、〝顧客〟ということになる。

ヤッちゃんは、この深夜勤務を担当している。そして、オーナーでもあるだけに、営業政策には、ことさらに気を配っていて、決して飽きさせないし、一度きた客を、また、こさせるように研究している。

山形県酒田市の出身。地元である程度の修行をしたのちに、上京してきたようだ。だから色白で、オンナ言葉を使うと、それらしい〝妖しい色気〟がかもし出されてくる。

唄がうまいし、美声である。そして、単なるスシ職人ではなくて、それこそ、本紙のトロッコなど、足許にも寄れないほどの〝教養〟の持ち主だ。

選挙の季節には、政治家の話もできるし、芸能界の事情にも通じ、どんな話題にも、即座に対応できるだけに、新聞も週刊誌も、良く読んでいる。その上多趣味である。

第一、スシ屋で、マイクが天井からブラ下がり、スポットライトに、テープその他の音響設備が完備している、という店はあまりあるまい。

唄の次は写真撮影

彼が、唄がうまいため、だけではない。電気知識がある、というべきだろう。

「只今より、オルケスタ・ティピカ・マツキの演奏が始まります」

当店を〝主要営業所〟とするアコーディオン弾きの石井クンが入ってくる。ガラス戸が開く前に、彼は、そう紹介する。当意即妙なセリフが飛び出す。頭の回転が早い、のである。

自分が唄い、客に唱わせる。民謡、演歌、歌謡曲と、レパートリイが広い。

「さあ、喰べましょう、喰べましょう!」

自分が唄い終わって、客にマイクを渡すと、コマーシャルを流す——そこには、ケレン味がな

いのだから、それがまた、客に受ける。

新宿慕情 p.102-103 酒乱の客にもゴキゲンの客にもそれ相応に応待

新宿慕情 p.102-103 勘定は、極めて大ザッパだ。~それでも、高い勘定の客も、安い、ホントに〝喰べるだけ〟の客も、この店のフンイキ、というよりは、ヤッちゃんの客あしらいに満足して、たのしんで帰って行くから、奇妙だ。
新宿慕情 p.102-103 勘定は、極めて大ザッパだ。~それでも、高い勘定の客も、安い、ホントに〝喰べるだけ〟の客も、この店のフンイキ、というよりは、ヤッちゃんの客あしらいに満足して、たのしんで帰って行くから、奇妙だ。

自分が唄い、客に唱わせる。民謡、演歌、歌謡曲と、レパートリイが広い。
「さあ、喰べましょう、喰べましょう!」
自分が唄い終わって、客にマイクを渡すと、コマーシャルを流す——そこには、ケレン味がな

いのだから、それがまた、客に受ける。

次は写真だ。

唄に飽きたと見れば、戸棚からカメラを取り出し、ホステスと客に向かって、「サ、もっとひっついて!」と、ポーズをつけさせる。

カメラから撮影技術まで、これまた、〝効能書〟に詳しい。

「ハイ、終わりました。サア、喰べましょう」

サッとカメラをしまいこんでまた握り出す。

「オネエさん、お名刺、チョーダイよ」

ホステスに、店と彼女の名前をたずね、新宿なら、翌日の夜には、その写真を届ける。銀座、六本木なら、速達で送る。

「コレ、高価いのョ。デモ、イイわ、オネエさんだから、あげちゃうッ」

カラーの顔写真入りの名刺を差し出す。

勘定は、極めて大ザッパだ。シラフの時に、ジッと見ていると、高く、安く、然るべくやっているようだ。

それでも、高い勘定の客も、安い、ホントに喰べるだけの客も、この店のフンイキ、というよりは、ヤッちゃんの客あしらいに満足して、たのしんで帰って行くから、奇妙だ。

良く寄ってくれるホステスがいれば、彼は、就業前の八時すぎから十時ごろまで、そのホステ

スの店に、〈客〉として、リュウとした背広姿で行き、然るべく、金を使ってくる。

いうなれば、これが、彼のホステスへのバック・ペイなのである。腰も、頭も低く、客として迎えた時も、客として支払う時も、彼の態度は変わらない。だから、ホステスに受ける。店へきてくれれば嬉しく、サービス料をツケこまないから、料金も安く上がるようだ。義理を欠かさない、という、東北の田舎町の人情味を身につけている。

酒乱の客にも、ゴキゲンの客にも、それ相応に応待して、然るべく扱う——これで、流行らなかったら、それこそ、オカシイというものだ。

サテ、肝心のスシの味は、といえば、材料を良くして、ナカナカのものである。

こう、観察してくると、ヤッちゃんの〈バラ趣味〉も、どうやら〈営業政策〉とも思えてくるではないのだろうか。

でも、それは、まったく〝憶測〟の域を出ない。別に、私が体験してみたわけではないのだから……。だから、冒頭に書いた〈ヤッちゃんとの交情〉という部分で、交情という言葉に、チョンチョンガッコを、意識して付けなかったのだ。

それでも、私の少年の日に、そんな〝体験——いうなれば初体験〟があるのだった。

中学を卒業して、一浪、二浪とつづけていたころ、私は、ある日、友人の家を訪ねた。