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新宿慕情 p.010-011 新宿慕情・目次 事件記者と犯罪の間・目次

新宿慕情 p.010-011 新宿慕情 目次 事件記者と犯罪の間 目次
新宿慕情 p.010-011 新宿慕情 目次 事件記者と犯罪の間 目次

新宿慕情目次

はしがき
新宿慕情
洋食屋の美人
〝新宿女給〟の発生源
ロマンの原点二丁目
〝遊冶郎〟のエチケット
トップレス・ショー
要町通りかいわい
ブロイラー対〝箱娘〟
〝のれん〟の味
ふりの客相手に
誇り高きコック
味噌汁とお新香
新聞記者とコーヒー
お洒落と女と
おかまずしの盛況
大音楽家の〝交〟響曲
〝禁色〟のうた
えらばれた女が……
オカマにも三種類
狂い咲く〈性春〉
青春の日のダリア

事件記者と犯罪の間

その名は悪徳記者
特ダネこそいのち
権力への抵抗
根っからの社会部記者

新宿慕情 p.34-035 ふたりの妓は激しいいい争いをはじめた

新宿慕情 p.34-035 同一店での指名変更が許されない、という不文律を思い知らされたのが、廊下で出会った三十女の「アラ、お兄さん!」の一言だった。
新宿慕情 p.34-035 同一店での指名変更が許されない、という不文律を思い知らされたのが、廊下で出会った三十女の「アラ、お兄さん!」の一言だった。

その妓は、私の顔をジッと見つめていたが、スレ違ってから呼び止めた。
「アラ、お兄さん。以前に、私に上がったことがあるでしょ? ……ホラ、やっぱりそうだわ!」

確信にみちたその言葉に、私は、ことの成り行きを予想もできず、妓を見てみると、なんだか知っているようでもある。

「ウン、そうだったっけ?」

〝遊冶郎〟のエチケット

遊びにもしきたり

水商売の世界には、いまにいたるも、いろんな、古い習慣がその世界の秩序維持の必要から受けつがれ、引きつがれているものである。

例えば、クラブだろうが、キャバレーだろうが、同一店での指名ホステスは、「だれそれサンの客」として、厳重に守られている。その指名変更をすると「客を取った、取られた」の内ゲバ騒ぎに発展する。

しかし、赤坂のミカドのような、超大キャバレーが出現してくると、同一店でも、必ずしも客とホステスとが、〝めぐり合う〟とは限らない。キャバレーの場合は、指名料の売り上げだけがホステスの収入源、稼ぎ高の増減を意味するように、ドライなシステムになっているので、必然

的に、店以外での〝付き合い〟と、その清算勘定とで割り切られてくる。だから、指名客の厳守も崩れてきている。

この、同一店での指名変更が許されない、という〝不文律〟を思い知らされたのが、廊下で出会った、三十女の「アラ、お兄さん!」の一言だった。

「そうよ、そうよ。私のお客さんだよ、間違いないわ」

たちまち、ふたりの妓は、激しいいい争いをはじめた。だが私が不用意に洩らした「ウン、そうだったっけ?」という〝証言〟が決め手になって、私が上がった妓はいい負かされてしまう。

初心の私には、なにがなんだかわからないうちに、この論争にピリオドが打たれ、私がいま済ませたばかりの妓は、集まってきた全員に、〝反体制派〟として罵られて、スゴスゴと退散してしまった。それでも、私に対して、恨み言を投げつけるのは忘れなかった。

この騒ぎの原因は、どうやら私の不注意にあるらしいことは理解できた。

私は、この〝老醜〟に拉致されて、彼女の部屋に入れられたのである。そして、この世界では、一軒の店で、一度上がったことのある妓以外とは、遊ぶことができない、しきたりのあることを教えられた。

「知らなかったんだから、しょうがないけど、これからは、許されないことだよ。きょうは、一度だけ、サセてあげるからネ、それで、もう帰んナ……」

おなさけで、私は、〝老醜〟のご用を仰せつかった。儲けたというべきか、損したのか……。

新宿慕情 p.036-037 私たちも久し振りの書き初めをはじめた

新宿慕情 p.036-037 警視庁の記者クラブ詰めだったころの、ある正月。目黒の課長公舎で、午後からの延長戦の酒がはじまった。
新宿慕情 p.036-037 警視庁の記者クラブ詰めだったころの、ある正月。目黒の課長公舎で、午後からの延長戦の酒がはじまった。

「知らなかったんだから、しょうがないけど、これからは、許されないことだよ。きょうは、一度だけ、サセてあげるからネ、それで、もう帰んナ……」
おなさけで、私は、〝老醜〟のご用を仰せつかった。儲けたというべきか、損したのか……。

考えてみると、数人連れでワッときて、上がったこともあるような気がする。しかし、そんなことを、いつまでも厳重に憶えていられるものではない。

だが、それは、遊冶郎(ゆうやろう)としての、遊びのエチケットなのである。……こういったしつけは、なにも遊びだけではなく、次第にすたれてきて、日常生活が、サクバクとしたドライさを帯びてきている。

若い友人たちと、キャバレーなどに行くこともあるが、彼らは、平気で、見かけた〝好みのタイブ〟のホステスに、指名を変える。女もまた、それを平気で受ける。指名を外された娘はやや寂し気だが、私が経験したような、激しい抗議もなくそれなりに会釈をして、通りすぎてゆく。

「オレが、オレの金で遊ぶのになぜ、一度指名した女を、ずっと指名せねばならないのか、わからない。金を払うのは、オレだよ。それなのに、オレの自由がないなンて、そんな、バカなことありますかい!」

それが、いまの論理である。これも〝田中首相の後遺症〟というべきなのか……。

正月の警察公舎で

新宿二丁目の思い出に、特筆しなければならぬことが、もうひとつある。といっても、それはもう、遊郭から赤線になった戦後のことだ。

私が、警視庁の記者クラブ詰めだったころの、ある正月……。

いま、内閣で、室長の地位にある某氏が、まだ、課長だったころ、私と後輩のF君のふたりで、その課長宅を訪れた。私たちの担当課長だからだ。目黒の課長公舎には、この御用始めの日が、各課員たちの年賀の日で、夕刻ごろまでは、私服の警官たちで賑う。

ついさきほど、課員たちが帰っていったらしく、課長も、けっこう赤い顔をしていた。

外国勤務の長かった課長は、それなりに、警察官僚らしくない、闊達な男だった。

私たちの顔を見て、午後からの延長戦の酒がはじまった。部下相手の酒よりは、やはり、まわりも早いのだろう。奥さんも可愛いお嬢さんたちも出てきて、正月らしいフンイキが盛り上がってきていた。

小学生のお嬢さんたちが、宿題の書き初めをやり出したので、私たちも、久し振りの毛筆に

(写真キャプション)最近の新宿の二丁目には、まだ古い建物も残って……

興味を感じて、書き初めをはじめた。課長もその気になってきたようだった。