「昭和25年5月号」タグアーカイブ
雑誌『キング』p.108下段 幻兵団の全貌 各収容所にスパイを
『…各収容所にスパイを置きます。このスパイというのはソヴエト側の情報部の部長が、その収容所の政治部の部員に対しまして、お前のところに誰かいわゆる非常な親ソ分子がいないか、いたら二、三名だせ、といって出させます。…この男ならば絶対に信用できると、ソ連側が認め場合には、その者にスパイの命令を下します。
…そうしてスパイというのは、ほとんどスパイになっておる人は、非常に気持ちの小さい男で、ビクビク者が多いというので、民主グループを作る場合にはその人を使いません。
…こういう男を選んで、それに始終新聞社から行って連絡しまして、こういうことをやれ、その代わり後のことは心配するな、後で問題が起こった場合にはすぐ連絡する…』
私は興奮しきっていた。カーッと耳がほてっている。踊り上がらんばかりだった。見よ、鉄のカーテンは手荒く押しひろげられ、幻のヴェールは第一枚目をムシリとられた!
『ウン、ウン、これでイケる。ヨシ、書いてやるゾ』
委員会は深夜の十時まで続いたので、私は翌朝を待ちかねて部長に報告した。
『この証言をキッカケに書きましょう。小針証人が国会の保護を前提として、ハッキリと〝ス
雑誌『キング』p.108中段 幻兵団の全貌 引揚者の不可解な死
私は社会部へ帰って引揚記事を担当した。翌二十三年五月十日、同年度の引揚第一陣の入京から、一列車もかかさずに品川、東京、上野の各駅で引揚者を出迎えた。同年六月四日からはじめられた〝代々木詣り〟(引揚者の代々木共産党本部訪問)には、毎回同行して党員たちとスクラムを組みアカハタの歌を唱っていた——だが、インターを叫ぶ隊伍の中に見える無表情な男の顔、肉親のもとに帰りついてますます沈んでゆく不思議な引揚者、そしてポツンポツンと発生する引揚者の不可解な死——ある者は船中から海に投じ、ある者は復員列車から転落し、またある者は自宅で縊死をとげているのだ。
私はこの謎をとくべく、駅頭に、列車に、はては舞鶴まで出かけて、引揚者たちのもらす片言隻句を丹念に拾い集めていった。やがて、まぼろしのように〝スパイ団〟の姿が、ボーッと浮かび上がってきたのだった。
約十分間の休憩ののちに、岡元委員長は冷静な口調で再開を宣した。ついに公開のまま続行と決定した。満場は興奮のため水を打ったように静まり、記者席からメモをとるサラサラという鉛筆の音だけが聞こえてくる。小針証人が立ち上がって証言をはじめる。
雑誌『キング』p.108上段 幻兵団の全貌 私の幻兵団との闘い
だ。私はひとりつぶやいた。『これは何か、重大な秘密がひそんでいるぞ』と。もはや私は自分がワエンヌイ・プレシヌイ(軍事俘虜)であることも忘れていた。作業場ではソ連労働者が『ソ米戦争は始まるだろうか』『お前達の新聞には次の戦争のことを何とかいているか』としきりにたずねていた。〝日本新聞〟の反米宣伝は泥臭いあくどさで、しつように続けられている。アメリカ——日本——ソ連。そしてスパイ。私は心中ひそかにうなずいていたのだった。
やがて、私も故国に向かうダモイ梯団に加わって出発した。船中では『誓約書』という言葉を小耳にはさんだ。舞鶴ではさらに数多くの、断片的な情報をつかんだ。そして、私の推理を裏付けるように、昭和二十一年春に、当時はまだ新聞といえないほどお粗末だった〝日本新聞〟が、同志編集者を募る旨の紙上広告を発表し、それに応募した男が前述の四つの謎をもつ男だったことも知るにいたった。私は、『ソ連地区抑留日本人で組織されたソ連側のスパイ網』の存在を確信した。
私は帰京して出社するや、直ちに社会部長にこれらの状況を説明して、その組織や目的の調査をはじめることを報告した。こうして私の〝幻兵団〟との戦いがはじめられた。昭和二十二年十一月はじめのことだった。
雑誌『キング』p.108 幻兵団の全貌 日本人ソ連スパイ
雑誌『キング』p.107下段 幻兵団の全貌 新聞記者的なカン
を行った。ある種というのは、ほとんどが大学高専卒の人間で、しかも原職が鉄道、通信関係や、商大、高商卒の英語関係者であった。
その三は、もはや二冬を経過して、ソ連にもちこんだ私物は、被服、貴重品類ともに、掠奪されるか、売りつくすかでスッカラカンになっていた。そんなわけで金(ルーブル紙幣)がないはずの人間が大金をもっている。あるいは潤沢にパン、煙草、菓子などを入手している。
その四は、ある時期からその人間の性格が一変して、ふさぎこんでくること。しかも、それらの連中は、何かともっともらしい理由のもとに、しばしば収容所司令部に呼び出された。そして、そののちにそのように変化するか、変わった後において呼び出されるようになるか、そのどちらかである。
このような一連の〝腑に落ちないこと〟をそのまま見逃すような私ではなかった。ソ連のスパイ政治——収容所内の密告者——前職者、反ソ分子の摘発——シベリア民主運動における〝日本新聞〟の指導方針——民主グループ員の活動——思想係の政治部NK将校——呼び出しとそれにからまる四つの疑問——収容所内のスパイ——ソ連のスパイ政治。これらのことがいずれも相関連して、私の新聞記者的なカンに響いてくるのだった。新聞記者は疑うことが第一
雑誌『キング』p.107中段 幻兵団の全貌 特殊な身上調査
の有無にかかわらず)した者がいたという事実は、全シベリア引揚者が、その思想的立場を超越して、ひとしく認めるところである。だがこの密告者たちは、そのほとんどが、ご褒美と交換の、その場限りの商取引にすぎなかった。これは昭和二十一年末までの現象であった。
二度目の冬があけて、昭和二十二年度に入ると、身体は気候風土にもなれて、犠牲も下り坂となり、また奴れい的労働にもなじんでくるし、収容所の設備、ソ側の取り扱いもともに向上してきた。生活は身心ともにやや安定期に入ったのである。ソ側の混乱しきっていた俘虜政策が着々と整備されてきた。俘虜カードの作成もはじめられた。だが、静かにその変遷を見守っていた私の眼には、やがて腑に落ちかねる現象が現れはじめてきた。
その一つは、ある種の個人に対する特殊な身上調査が行われていること。特殊なというのは、当然その任にある人事係将校が行うものではなく、思想係の政治部将校がやっていることだった。しかも、呼出しには作業係将校の名が用いられ、面接したのは思想係だったというような事実もあった。
その二は、人事係のカミシヤ(検査)と称して、モスクワからきたといわれる将校が、ある種の日本人をよんで、直接、身上並びに思想調査
雑誌『キング』p.107上段 幻兵団の全貌 無根の事実がねつ造
ターリンは素晴らしい!)と。ふだんから要領のうまい最初の男を嫌っていた最後の人の良い男は、真剣な表情で前の二人に負けないだけの名文句を考えるが、とっさに思いついて『ヤポンスキー・ミカド・ターク!』(日本の天皇なんかこうだ!)と、首をくくる動作をする——これが美辞麗句をぬきにして、ソ連大衆が身体で感じているソ連の政治形態の恐怖のスパイ政治という実態だった。
戦争から解放されて、自由と平和をとりもどしたはずの何十万人という日本人が、やがて〝自由と平和の国〟ソ連の軍事俘虜となって、慢性飢餓と道義低下の環境の中で混乱しきっていた。その理由は、俘虜収容所の中にまで及ぼされた、ソ連式密告スパイ政治形態から、同胞の血で血を洗う悲劇が、数限りなくくりひろげられたからだった。
一片のパン、一握りの煙草という、わずかな報償と交換に、無根の事実がねつ造され、そのために収容所から突然消えて行く者もあった。収容所付の政治部将校(多くの場合、赤軍将校のカーキ色軍帽と違って、鮮やかなコバルトブルーの青帽をかぶったNKの将校である)に、このご褒美を頂いて、前職者(憲兵、警官、特務機関員など)や反ソ反動分子、脱走計画者、戦犯該当者、その他種々の事項を密告(該当事実
雑誌『キング』p.107 幻兵団の全貌 ソ連式密告スパイ政治
雑誌『キング』p.106下段 幻兵団の全貌 NKVD秘密警察
恐怖のスパイ政治! ソ連大衆はこのことをただ教えこまれるように〝労働者と農民の祖国、温かい真の自由の与えられた搾取のない国〟と叫び〝人類の幸福と平和のシンボルの赤旗〟を振るのではあるが、しかし、言葉や動作ではなしに、〝狙われている〟恐怖を本能的に身体で知っている。彼らの身辺には、何時でも、何処でも、誰にでも、光っているスパイの眼と耳があることを知っている。
人が三人集まれば、猜疑と警戒である。さしさわりの多い政治問題や、それにつながる話題は自然に避けられて、絶対無難なわい談の花が咲く。だが、そんな消極的、逃避的態度では、自己保身はむずかしいのだ。三人の労働者のかたわらにNKVD(エヌ・カ・ベ・デ)=内務省の略、ゲペウの後身である秘密警察のこと。正規軍をもっており国内警備隊と称しているが、私服はあらゆる階層や職場に潜入している=の将校が近寄ってくる。
と、突然、今までのわい談をやめた一人が胸を叩いて叫ぶ『ヤー・コムミュニスト!』(俺は共産主義者だゾ!)と。それをみた二人はあわてる。黙っていたなら、日和見の反動にならからだ。ましてそこにはNKがいるではないか! すかさず次の男が親指を高くかざして応える、『オウ・スターリン・ハラショオ!』(おう、ス
雑誌『キング』p.106中段 幻兵団の全貌 昭和二十年の秋
連製日本人スパイに関する情報なのだ。しかも、その情報によれば、それはシベリア民主運動を芽生えさせ、育てあげ、ついにあの日の丸を破り、花束をふみにじるという、けんらん豪華な〝赤い復員〟旋風にまで昇華させた指導者〝日本新聞〟につながりがあるらしい様子だったので、今、小針氏の重大決意を示した発言に手の震えを感じたのも無理からぬことだった。
ここで私は、読者の理解を助けるため、委員会の休憩を利用して、話を昭和二十年の秋にまでもどすことにしよう。
終戦後の九月十六日、私たちの列車が内地直送の期待を裏切って北上をつづけ、ついに満洲里を通過したころ、失意の嘆声にみちた車中で、私一人だけは街角で拾った小さな日露会話の本で、警乗のソ連兵に露語を教わりながら、鉄のカーテンの彼方へ特派されたという、新聞記者らしい期待を感じていた。西シベリアの炭坑町に丸二年、採炭夫から線路工夫、道路人夫、建築雑役とあらゆる労働に従事させられながらも、逞しい私の新聞記者精神は、あらゆる機会をつかんではソ連人と語り、その家庭を訪問し、みるべきものはみ、聞くべきものは聞き、記者としての取材活動だけは怠らせようとしなかった。
雑誌『キング』p.106上段 幻兵団の全貌 国会の保護を要求
=福島市中町三五=氏が出席しているので、場内は空席一つない盛況で、ピーンと緊張し切っていた。
『オイ、面白くなるゾ』
私は鉛筆を握りしめながら、隣席の同僚にささやいた。たったいま、小針証人が『委員会が国会の名において責任を持つなら、私はここで全部を申し上げます』と、爾後の証言内容について国会の保護を要求したところだった。
正面の岡元義人代理委員長をはじめ、委員席には一瞬身震いしたような反応が起こった。私も反射的にあるデータを思い浮かべて、不安と期待に胸が躍った。終戦時から翌年の六月まで、シベリア民主運動の策源地ハバロフスクの、日本新聞社の最高責任者、日本新聞の署名人であるコバレンコ少佐こそ、極東軍情報部の有力なスタッフではないか!
委員会は小針証人の要求により、秘密会にすべきかどうかを協議するため、午後二時二十九分、休憩となった。
私が小針氏の言葉で、反射的に思い浮かべたあるデータというのは、実に奇々怪々な話であった。それは他でもない、いわゆる〝幻兵団〟のソ
雑誌『キング』p.106 幻兵団の全貌 発端
雑誌『キング』p.105下段 幻兵団の全貌 幻のヴェール(発端)
不明、〝幻兵団〟顛末記(夕刊)
註、日付上部の△印はトップ記事
一、幻のヴェール(発端)
西陽がさし込むため、窓には厚いカーテンがひかれて、豪華な四つのシャンデリヤには灯が入った。院内でも一番広い、ここ予算委員室には異様に興奮した空気がこもって、何か息苦しいほどだった。中央に一段高い委員長席、その両側に青ラシャのテーブルクロスがかかった委員席、委員長席と相対して証人席、その後方には何列にも傍聴席がしつらえられ、委員席後方の窓側には議員席、その反対側に新聞記者席が設けてあった。昭和二十四年五月十二日、参議院在外同胞引揚特別委員会が、吉村隊事件調書から引きずりだした、〝人民裁判〟究明の証人喚問第二日目のことであった。今日は昨日に引き続き、ナホトカの人民裁判によって同胞を逆送したといわれる津村氏ら民主グループ員と、逆送された人々の対決が行われ、また〝人民裁判〟と〝日本新聞〟とのつながりを証言すべき注目の人、元〝日本新聞〟編集長小針延二郎(三五)
雑誌『キング』p.105中段 幻兵団の全貌 写真・デレビヤンコ
(写真キャプション 第百五回対日理事会は引揚問題で紛糾、△印は退場するデレビヤンコ、ソ連代表)
雑誌『キング』p.105上段 幻兵団の全貌 関係記事一覧
脚本、事件の立役者小針とはこんな男
2・7 前進欄
2・7 〝幻〟は読売のデマ
自殺の真相
2・10 投書欄
ニッポン・タイムズ
1・28 参院で〝幻兵団〟を究明
時事新報
2・1 引揚者の自殺、参院で重視
新聞協会報
2・6 〝幻兵団〟の恐怖
2・27 〝幻兵団〟について
世界経済
△3・1 日本人スパイ謎の行方
不明、〝幻兵団〟顛末記(夕刊)
註、日付上部の△印はトップ記事
雑誌『キング』p.105 幻兵団の全貌 一、幻のヴェール(発端)
雑誌『キング』p.104上段 幻兵団の全貌 シベリア収容所分布図
シベリア捕虜収容所分布略図
コムソモリスク、ハバロフスク、ライチハ、アルチョム、ナホトカ、ウラジオ、ウォロシロフ、チタ、タイセット、イルクーツク、チェレムホーボ、ビイスク、バルナウル、ロフソスカ、アルマアタ、カラカンダ、ベゴワード、エラブカ、カザン、モスクワ
雑誌『キング』p.104下段 幻兵団の全貌 関係記事一覧
△1・21 〝幻兵団〟第四報(談話)
1・22 参院引揚委員長ら言明
1・22 捕虜のスパイ事実(青森版)
1・27 〝幻兵団〟参院議題に
△1・28 〝幻兵団〟第五報(舞鶴座談会)
△1・28 参院で法務府は調査中
△1・29 秋田で引揚者自殺
1・30 編集手帖欄
2・1 〝幻兵団〟に関係、参院で自殺者の説明
△2・10 阿部検事正遺族の怒り
△2・14 永田判事も犠牲
毎日
△1・31 シベリア幽囚白書(夕刊)
△2・1 かくて帰国は遅れた、闇に光る密告の眼
2・2 宇野氏の反ばく
2・3 同胞を食った(夕刊)
アカハタ
△1・14 反ソの幻ふりまく読売
実在せぬ談話の主
1・22 娯楽欄
△1・27 〝幻兵団〟のデマをつく
1・28 〝幻兵団〟参院報告あてはずれ
△2・2 反ソデマをつく内山氏
△2・3 売名と金儲けから〝幻兵団〟の
雑誌『キング』p.104中段 幻兵団の全貌 関係記事掲載紙
データを赤裸々に公表して、鉄のカーテンの奥の奥でさらにまた幻のヴェールにかくされた、〝幻兵団〟の全貌を、健全なる常識の持ち主である読者に解説してみよう。
[註] 都下各紙の〝幻兵団〟関係記事掲載紙日付一覧(いずれも都内版。地方版は同日付または翌日付)
読売
△1・11 〝幻兵団〟第一報(談話、解説)
△1・13 〝幻兵団〟第二報(談話)
△1・18 〝幻兵団〟第三報(脅迫状)
1・18 スパイを拒んだ男(岩手版)
1・19 投書〝幻兵団〟(気流欄)
1・20 小針氏へ激励状殺到(福島版)